刀弥の誕生日 2
「次は祖父ちゃんからだ。むろん受取り拒否をしてもらっても構わないが、後悔しない様に良く考えるんだぞ。プレゼントは、奈緒ちゃんをお前の許嫁とすることだ」
ロボットの様にお祖父さんを見たと思ったら、再び私に顔を向けて眉を寄せる。無理強いされたのではと心配しているのかもしれない。
「受け取ってもらえると嬉しいんだけど。嫌だったかな?」
「奈緒はそれで良いの? 無理とかしていない?」
「私の意思でお受けして、こうしてここにいます。受け取っていただけるなら耕介さんから誓約書を受け取ってください」
耕介さんが刀弥君に差し出したのは文字通り誓約書。
私の不利益にならない様に刀弥君を縛る目的で用意されたもので、体を求めてはいけないとか学校では必要以上にイチャイチャしないとか沢山書かれている。
項目は結構な数に上ったはずだけれど、さらっと眺めた程度の時間でサインをしてしまった。
「ちゃんと読んだ方が……」
「後で読んどく。とりあえず座って説明して」
「終業式後の呼び出しの件は話したでしょ。そんな事が今後起こらない様に、私の立場をハッキリした方が良いとお祖父様がこの提案をしてくれて。お受けしたら、一番欲しがっていた者を一番綺麗な状態で渡すのが喜ばれるだろうと……」
「えっと、複雑な思いだよ……」
「え?」
やっぱり私でない方が良かったかもと思ったら、ちょっと潤んでしまった。
「あ! いや、違うんだ! ちゃんとした立場でプロポーズしてって思っていたから。それに、人をプレゼントだなんて本人の意思を無視していないかって思ってね」
すると耕介さんが困った顔をして思い違いを正します。
「許嫁なんだから家同士が決めた花嫁候補だぞ。婚約じゃないんだから嫌われない様にして、しかるべき時にプロポーズしないとな」
「私たちは奈緒さんの親代わりですからね。孫だろうと、相応しくないと思ったら別の方を紹介しますからそのつもりで」
「お祖母ちゃんまで……」
「あの。弄るのはそこまでにして、お祝いしましょうよ。お料理も冷めちゃいますし。ね」
その後はつつがなく進み、お祖母様以外の大人たちはお酒を飲み始めて、楽しい雰囲気に包まれて終わった。もっとも刀弥君を肴に飲んでいたので、刀弥君自身が楽しめたかどうかは分らない。
せっかくの服を汚したくないので一旦着替えに戻り、お祖母様と二人で洗い物を片付けてゆくと、改めて刀弥君の事をお願いされてしまった。私の方がお世話になっているのだけれど、お祖母様にとっての刀弥君はまだまだ幼く見える様だった。
私は祖父母を知らない。
両親は駆け落ち同然で結婚したので、両家共に絶縁状態だった。父方の祖父母は叔母から健在なのは聞いていたけれど、そんな状況なので葬儀にも納骨にも呼んではいないので会わず仕舞いだった。
もし会っていれば何かが変わっただろうか。死のうとも思わず、こうして刀弥君に寄り添ってもらう事も無かったのかもしれない。
それはなんだか寂しいと思ってしまって、家に戻る時に少し気落ちしてしまった。
「やっぱり後悔している?」
ふと顔をあげると勝手口の所に刀弥君が立っていて、腕を組みながらそんな言葉を口にした。
「お祖母様から見たら、刀弥君はまだまだ幼いままなんだなって思って。私ね、祖父母と会った事が無いの。もしそばに居てくれたら、こうなっていなかったのかもと思ったら寂しいなって思って」
「ちょっと散歩しようか」
外ではあまりプライベートな話をしない刀弥君が、珍しくそんな事を言ってきたのは、温かくなってきた陽気のせいだったのか。
近くのコンビニで飲み物を買って、公園のベンチに座って咲き始めた桜を眺める。
「『もし……』と過去を振り返るのは、未来を変えるためには必要かもしれないけど今は変わらないよ。僕らがこうしているのが必然であるなら、過去がどうだろうと変わりはしない」
「でも祖父母に引き取られていたら、両親が事故に遭わなかったら今の関係は無かったはずで……」
「いや、変わらない。修学旅行で僕が告白していたかもしれないし、奈緒から告白を受けたかもしれないけれど、付き合い始めてこうして桜を見ているはずだよ。一緒には住んでいなかったかもしれないけど、僕の誕生日を一緒に祝ってくれていたはずだから、送りがてらこうして散歩していたはずよ」
「そうかな、そうだと良いな」
「そう思うなら、きっと変わらないさ」
うん、きっとパパが切掛けをくれて私たちは付き合っていたはずだ。こうして、お花見をしていたはずだ。
「――もし、お祖父さんたちに会いたいと言うのであれば、市役所で原戸籍を取る事で消息を調べられるよ。父さんに相談すれば直ぐにでも動いてくれると思うけど」
「今更会っても話す事なんてないけど、母が亡くなった事とお墓の場所は知らせてあげたいな。住所を伏せて手紙を書きたい。母が亡くなったこと、お墓の場所、私の存在と幸せに暮らしていますってだけ書いて知らせたい」
うん、会う必要はない。
今、服部家の人たちに大事にされていて幸せでいるのだから、余計な大人の都合は持ち込まれたくはない。
「家に帰ろう。刀弥君の住む家が私の居場所なんだから。ね、そう思っていいよね」
「だったら、そろそろ呼び捨てで呼んでほしいな」
「うん。刀弥、ずっと一緒だよ」




