間接キス
食事を終えて教室に戻ったら、物凄くよそよそしい空気が漂っていた。
それでも一日でそんな空気が無くなっていたのは、ホワイトデーを翌日に控えていたからかもしれない。
すでにプレゼントは使わせてもらっているので、当日の朝からイベントに突入する事も無く登校を迎えて、刀弥君は義理チョコのお返しだと言ってチョコパイのパーティーパックを持っている。
「それ、どうやって配るの?」
「お好きにどうぞって、机の上に置いておく。去年もそうだったから」
「去年は何人から貰ったの?」
「クラス全員。前もって義理チョコしか受け取らないよって言ってたから、今年みたいにはならなかった」
「今年も言っておけばよかったのに」
「付き合っているのに、横から本命ですって出されるとは思っていなかったんだよ」
(それでも渡したいと思う女心は男の人にはわからないのだろうか? 解らない振りをしているのだろうか?)
早めに教室に入ると、宣言通りに机上に放置して私の前の席に座る。
「みんな好きに持って行っていいよ、義理だから」
チョコを渡していた数人の女子がいくつか取っていくと、男子までもが手を出し始めて、あっと言う間にチョコパイが無くなっていく。特に男子が持って行っても注意や文句を言わない刀弥君に、ある程度察しているのか大量に持って行く子は見当たらない。
「男子も良いんだ」
「お返しじゃなく、あくまでホワイトデーの義理チョコだからね。奈緒も食べるなら取って来るよ」
ちょっと考えて、特別な人へのバレンタインのお返しを義理と同じもので済ますのは変だと思ったけど、ホワイトデーと称したおやつの配布だと思えば問題も無いと結論付ける。
「なら、私も一つもらおうかな」
「はいはい、お姫様」
そう言って席を立ち、ふたつ持って戻ってきて一つの封を開ける。
「はい、あーん」
「ふぇ?」
「だから、口開けて。はい、あーん」
物は同じでも特別だと示したいのかもしれないけれど、当然ながら周りの目が生暖かいものになっている。これ以上は耐えられないので口を開けて受け入れたら、閉じた唇に指を這わせ、その指をペロッと舐める。
まあキスしまくっているのだから、これくらいで動揺なんてしない。そう、慣れって怖い。
「んじゃ、お返しして」
固まっている周りを気にせず残りの包みを渡されたので、口の物を飲みこんで封を切って彼の口元に差し出した。
「はい、あーん」
嬉しそうに大きな口を開けるので、構わず放り込むと指までパクッとされてしまった。別に噛みつかれた訳ではないので、指を引っこ抜くとハンカチで指を拭い、自分の口を拭いてポケットに戻す。
後ろの方でキャーキャー聞こえるけれど、気にする必要もない。
さて、指を拭ったところで口を拭いたのは一部の子には気付かれただろうけど、はたして牽制になったかどうか。
最上級生は既に卒業してしま手いるので、否応なく来年度の事を考えてしまう。
もう少しすると進級に伴ってクラス替えになるからだ。
二学期の評価はボロボロだったけど進級する事は確実で、刀弥君とクラスが離れるのは寂しいと感じてしまう。文系は七クラスあるので、同じクラスになる確率が高く無いことがそう感じてしまった要因ではある。
残り二週間弱を悔いが残らない様に過ごさないとなって考えて、住むところが一緒なのだから悲観するのも変かなって思い直した。それでも寂しさが消えるわけではない。
私の中では刀弥君の存在がものすごく大きくなっている。
だからこそこうして学校に来て笑ったりできているのだけれど、少し依存し過ぎなのは否めない。好きな気持ちよりも不安や寂しさの方が未だに強くて、それ故の依存なのも理解している。
申し訳ないと思う気持ちを、彼にも感じさせてしまっていると思うと居た堪れなくて、なにか償いをと考えてしまった。
「あのね。もう少ししたら花嫁修業もするから、クラス替えで別れちゃってもお昼は一緒に食べてくれると嬉しいな」
「それは毎日だと思っていいんだよね。クラスが別れなくても一緒だよ」
「それでね。寂しいから一緒に居たいのもあるけど、好きって気持ちをもっと大きくしたいからってのもあるからね。だから……」
「解ってる。寂しいや悲しいがまだ大きすぎるんだよ。時間だって経ってないんだし、ゆっくりで良いからね」
「うん、ありがとう」




