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懺悔 3


 美羽さんが下りて行くのを見送っていると、真理奈さんが部屋から出て来る。

「奈緒ちゃん、ちょっといいかな?」

「えぇ、どうぞ」

 部屋に招き入れると、ベッドヘッドの受信機を見てため息をついてくる。

「あの、美羽さんに心配かけていた様で……」

「うん、知ってる。あの、ごめんね」

「いえ、心配かけたのは私ですから」

「そう? 許してくれる? 私のことも」

「ふぇっ?」

 許すってなにを? まさか、真理奈さん、も?


 唖然としている私に、厚めのカード状の物をポケットから取り出して見せてくる。何かで見た事のある携帯ラジオで、スイッチをONにされたとたん鮮明な会話が聞こえてきた。

「いつまで呆けているのよ。知っているのは私だけだし、お嬢さんを預かる身としてはしょうがない事でしょ」

「にしたって、盗聴までってやり過ぎでしょ!」

「さっきはああ言ったけど、赤ちゃんの監視用だから綺麗に聞こえないのよ? 静かなのに吐息みたいなのがかすかに聞こえたりだから『ブッ』」

 チャンネルを変えたのかリビングで行われている会話が途絶え、あまりに鮮明な音質にさっきの会話が全て聞かれていた事を察する。

 何か弁明しなければ、刀弥君の身に危険が擦りかかると思って声を発する。

「あの!」

 その私の声が、ラジオから聞こえて凍りつく。


「そう。ここと刀弥の部屋、リビングに盗聴器が仕掛けてあって、最初から聞いていたの」

「最初、から?」

「せっかくのご馳走を……。 好きな人いる? 妖怪だと思った。 キスしていい? 償いになるなら好きなだけどうぞ。そうなの、奈緒ちゃんが初めてここに入った時から聞いていたの」

 もう言葉が出ない。金魚の様に口をパクパクさせるしかない状況で、確実に顔は赤かっただろう。

「償いのキスが解らなかったけど、好き合っているならキスぐらいいいかなって思っていた。たまに『食べちゃって』って聞こえて大胆な子だなって思ったけど、なんか会話がすれ違っているように感じてさ。刀弥は敢えて勘違いさせていないだろうかって、妖怪なんだって信じ込ませているんじゃないかって気付いて腑に落ちたの」

「それじゃ、以前から」

「さっきの会話も聞いていて、答え合わせになった感じ。正解率は八十点くらいかな? 奈緒ちゃんには申し訳なかったけど、それで前を向けるなら騙されたままが良いのかなって思って黙っていた。最近のえっちぃキスは流石に止めに入ろうかとも思っていたんだけど、バレンタインの時に泣いていたからもう少し様子を見ようと思ってた」


 こんなに鮮明に聞こえるなら、布団にもぐって泣いていた事も刀弥君にすがった事も知っていて、知らない振りをしながら支えてくれたことになる。

 でも、なんでここまで高性能な盗聴器を複数も持っていたのだろうか。盗聴器って簡単に手に入るものとも思えない。

「盗聴器はいつ用意したんですか? いきなりだった筈なのに」

「一月半もあれば用意できるよ。刀弥は言わなかったけど、お通夜に参列していて気になったみたいで、その日のうちに父に相談していたの。会社側の手続きをしに行っていたのは父の秘書の一人で、奈緒ちゃんの様子は逐一報告されていたわ」

 確かに父の退職手続きだとかで、女性の方が親身に対応してくれていた。その方から、父の上司が引き取っても良いと言っているとも聞かされたことがあったが、迷惑は掛けたくないので断った覚えがある。


「父が、納骨までは間違った事はしないだろうと説得したけど、刀弥は心配だったみたい。朝早くから貴女が登校するか、ちゃんと家に帰り着いたかを見守っていたし、休日も心配でラジオをもって近くに行っていた様よ」

「それって、家にも仕掛けてあったって事ですか?」

「私が用意して父の秘書に仕掛けてもらったから、リビングか何処かだと思うけど。そんなだから、修学旅行も行かなかったんだよ」

「だって、『自由行動は誰とも回らなかった』って言っていて……」

「行ってないから回りようがないでしょ。そんなだから、時間はいっぱい有ったし準備も出来た。話し合いも随分したよ、部屋の問題もあったし」

「そうなんですね。真理奈さんは納得していたんですか、私がここを使う事を」

「刀弥からは、懇親会の日から随分相談を受けていたからね。最初は隣に預けようと話していたのを、私がこの部屋を使うよう提案したの。将来の義妹の為に役立てたいって」

「いろいろ、ありがとうございました」

「杏実を救えなかった贖罪なのか、気付いてやれなかった自分を救いたいだけなのか解んないけど、奈緒ちゃんは家族なんだから支えるのは当然だよ」

 ありがた過ぎて思わず抱き付いてしまった私に、「私とも情熱的なキスしようか」なんてからかってきて、ギュッと力を入れた私のしたいようにさせてくれて、落ち着いたのを見計らって自分の部屋に戻っていった。


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