受取り拒否
迎えたバレンタインデーの朝。
朝食の前にリビングでチョコを添えたパスケースを渡すと、その場で嬉しそうにチョコを食べながら定期券を入替えてくれた。もっとも、他の皆にも同じチョコを配ったら拗ねられてしまったのだけれど。
学校に着くと、刀弥君の所に女子が集まって来る。
チョコを渡しに来たのだろうけど、朝のを引きずって不機嫌そうな刀弥君に声を掛ける事ができず立ち尽くしてしまっている。
「あのさ。毎年のことだけど、義理チョコなら受け取る。それ以外は受け取らないし、お返しに関して言うと本命以外は一律だよ」
「それって朝倉さんのこと?」
「他に誰がいると思っているの? 放課後に彼女の家で貰う予定だから、いまから楽しみなんだよ。だから機嫌を悪くする様な事はして欲しくない」
朝あげているのにそう言って牽制したのは、私の荷物を漁られたりしないためだと思う。比べられるほどの物は用意していなかったから、学校で渡していたら何を言われたか分ったものではない。
それでも言いかたがアレなので、嫉妬の視線は私に突き刺さる。今日は刀弥君とお昼を食べた方が良いかもしれない。
ちなみに、早々に諦めていた女子の一部は次を見つけていて、何組かは幸せそうな雰囲気を醸し出していて羨ましい。
けっきょく刀弥君は、ほとんどを本命チョコだと指摘して受け取りを拒み、一区切りつくと私の方に笑顔を向けてくる。
私からしか貰う気はないって意思表示なのかもしれないけれど、周りから見ればさっきの言葉通り『放課後を楽しみにしている』様にしか見えなかっただろう。
そして断られた子達は、刀弥君がいるにもかかわらず私に牙をむいた。
「ねぇ朝倉さん。あなたって今、服部君家の裏に住んでるよね。なんで? 家はそこじゃ無かったよね? 自分が特別だってアピール?」
刀弥君にチョコを拒絶された子が、そう私に詰め寄ってきた。
いつかはその事を聞かれるとは思っていたので、予め用意しておいた答えを返す。
「刀弥君は関係ないよ。父の上司だった人が住んでいるの。子供が独立して部屋は空いているから、独り暮らしは何かと大変だろうし来ないかって。その人は刀弥君のお祖父さんの秘書みたいなことをしていた人なので、裏手に当たるあのマンションに今も住んでいるの」
「偶然にしては出来過ぎよ! 誰がそんな話信じると言うの! 第一、ふつうは親類の家とかに行くんじゃない?」
「叔母がいるんだけど同年代の男の子がいて、部屋を用意できないからって断られちゃって」
「不幸に巻き込まれたくなかったんじゃないの?」
私もそう思っているから一緒に住むなんて考えなかったけれど、他人から言われるのは不愉快極まりない。それでも不幸を引き付ける事は認めているし、自虐ネタにもしていたのだから反論の余地はない。
「お前らには関係ないだろう!」
黙ってしまった私の代わりに刀弥君が口を開いたけれど、口調もはらむ怒気もいつもの刀弥君とは掛離れていて、周りから軽く悲鳴が上がる。
「刀弥君、私は大丈夫だから。ね、そんな怖い顔しないで」
とりあえず抑えてもらったけど、刀弥君が畏怖の対象になるのは何かが違う。
私が侮蔑の対象でなくては貴方に負の感情を与えてあげられないのだから、今は恋人としての演技だとしても遣り過ぎだと思ってしまった。
午前中の授業は普段通りでも、休憩時間の空気は様変わりする。
朝の件があったために刀弥君と私に声を掛ける人はおらず、他のクラスの女子も話を聞いたためか、教室まで来るものの中までは入ってこない。
「朝の態度はダメだよ。せっかく溜め込むチャンスだったのに」
「嫌なんだよ、ああ言った物言いや考え方がさ。虫唾が走る」
「それにしたって……。いえ、うん。ありがとうね、庇ってくれて。嬉しかった」
周りが遠巻きにしている事を良いことに、刀弥君は黙って頷くと私の手をギュッと握ってくれた。その手を見て思わず顔が緩んでしまったのは、致し方ない事だと思うのに、余計なひと言を添えてくれて顔が火照ってしまう。
「そんな可愛い顔、他の奴に見せるなよ」
お昼はいつも誘ってくれる女子と食べることになった。刀弥君は独りで食べている。
「朝倉さんは本当に手作りしなかったの?」
「来年は挑戦しようかと思うけど、今年は既製品で済ませちゃった。だから、みんなと比べられない様に家で渡すことにしたんだ。二人は手作りなんだよね」
「がんばったんだけど、味はどうだったかな? 喜んではもらえたんだけどね」
「実は、直前まで頑張ったんだけど美味しくできなくってね。昨日の夜に買いに行って箱を入替えて渡しちゃったんだ。手作りできなくてごめんねって言ったら、それでも嬉しいって言ってくれて」
「そっか、良かったね。私も箱くらいはちゃんと用意しとけばよかったかな。でも、箱も気にせずにすぐ食べてポイされたら、ちょっとショックかも」
「あ、それ解る。男の子ってそういうとこあるよね。服部君はそんなこと無さそうだけど」
「いやいや。朝倉さんからだったら、駄菓子だって喜びそうだよね。さっきだって手を握って見せつけてたくらいだし」
別に見せつけていたとかではないのだけれど、傍から見たらリア充のバカップルに見えたのかもしれない。私が幸せを掴んだら捨てられちゃうかもしれないと思うと、今のままのゴッコで満足するのが良いのかもしれない。