拾う希望
デパート内を歩き回って散々迷った挙句、しっかりした物を送りたくて紳士小物のお店に行って、社会人になっても使えそうなブランド物のパスケースを選んだ。決して安くは無かったけれど、刀弥君が持つ物ならこれくらいが最低ラインだと思ってしまったからだった。
そして丈夫なものなら、長く彼の思い出の中にいられると思ったから。
その場で欲しそうにしていたけど、当日の朝に渡す事で納得してもらって、プレゼント用にと綺麗に包装してもらう。
帰りに美羽さんに頼まれたお使いを済ませたので、家に帰るのが結構遅くなってしまった。
夕飯の支度は手伝えなかったけど、食事の時間にはなんとか間に合った。
「結局、物にしたんだ。何にしたの」
「刀弥君がパスケースが欲しいて言うので」
「安いのでいいって言ったんだけどね、けっこう高いものを選んでもらった」
「あら、良かったわね。女の子からのプレゼントなんて初めてじゃない?」
食事をしながら振られた会話だけど、刀弥君の回答が気になって箸が一瞬止まってしまう。いや初めてのはずはないだろうけど、一緒に選ぶのくらいは初めてであって欲しい。
「チョコとかだったら貰った事あるけど、プレゼントの定義が実用品なら初めてだと思う」
「思うってなに? 奈緒ちゃんの前にも付き合っていた子でもいるの? まさか陰でコソコソと」
「そうじゃなく! 鉛筆とか消しゴムとか貰った事ないかと言われると、ちょっと自信が無いだけだよ」
「刀弥なら消しゴムのかすだって、好きな子からだったら喜びそうよだよね」
何とも酷い評価だけど、初めてのようだから一安心。だけど彼女からと言わないのは、やっぱりそう言う事なんだなって少し落ち込んでしまった。
キスをしてくれているのは糧を得るためで、そこに恋愛感情みたいなものは無いのだと突き付けられた思いだった。
食後に二階に上がって鞄からプレゼントを取り出したところでノックをされ、いつものキスだなって思って招き入れると、刀弥君は難しい顔をして入ってきた。
「今日のプレゼントとか、無理していない? 金額面もそうだけど、なにか思い詰めた感じがしていて」
「せっかく残る物をあげるなら、長く使ってもらえる物が良いなって思ったから無理はしてないよ。学校では視線が辛いこともあるけど、刀弥君が吸い取ってくれているから貯めこんでもいないし」
「なら、良いんだ……。そうそう、お返しは何がいいかな? 僕も普段使ってもらえる物を送りたいから、ホワイトデーは楽しみにしていてね」
「それまで生きていたらね。でも、少し期待しちゃおうかな」
それくらいの言葉なら許されるだろうと、冗談交じりに聞こえるように口にした途端、視界がぼやけてしまって情けなくすがってしまった。
彼の胸で泣くのは何度目だろうか……。
夢にうなされて、すがってしまった夜もあった。
誹謗中傷に耐えられなくて、泣いたこともあった。
遺品の整理が進められなくて、涙した日もあった。
そういった時はいつも黙って優しく抱きしめてくれて、深いキスで落ち着けてくれた。嫌な思いを吸い取ってもらって、立ち直る事ができた。
今も泣き止んだ私にキスをしてくれようとしたけれど、彼の胸に顔を埋めて抗ってしまう。彼を思う気持ちまで消してしまわれたくはなかったから。
「どうしたの? 嫌な事を思い出したんじゃないの?」
「我儘に成っていく自分が嫌で泣いてしまったけど、この思いは消えて欲しくないの。……ごめんなさい。こんなんじゃご馳走をあげられないよね」
「いいんだ、そんな事は。それより、何に我儘になっているのか聞かせて」
「初めは、最後くらいは役に立って死にたかったの。でも、次第にあなたの一部になれるんじゃないかって思い始めて。そんな資格なんて無いのは判っているのに、その日が先であって欲しいなって思う様になって。そうなれないなら、早く終わらせてほしいなって……」
「そっか。いつの間にか、僕が君に苦痛を与えていたんだね」
ハッとして顔をあげると、落ち着いた声と裏腹な歪んだ顔が見えた。
そんな顔をさせたくはないのに、高望みをしてしまったせいで大切な人を傷つけてしまって、許されるわけないのに涙が溢れてしまう。
「泣かないで。今の君の望みを聞かせて」
「今は刀弥君のそばに居させて欲しい。それでも貴方が苦しむのは見たくないから、そうなる前に食べつくして。私の事を、心の片隅にでも良いから残しておいて欲しいの」
「……まだ、その位なんだね」
ポツリと漏らした言葉の意味が解らなくて首をかしげると、呼吸ができない程の深いキスをされて力が抜けてしまう。
「どう? 僕への思いは消えてしまった?」
喋る事ができないから首を振って否定しながら息を整える。
「言ったじゃないか、不幸を食らってあげるって。それでも君の気持ちが分るわけでも無ければ、君の気持ちを変える事なんて出来やしない。奈緒が僕を好きだろうと嫌いだろうと、前を向いて踏み出せるまでは離しはしない。一緒に踏み出すのが僕でないなら、笑って送り出してあげるから。だから、死ぬことじゃなくて生きる事を望んでくれ」
「望んでいいの? 食べられてしまわない未来を望んでも?」
「勘違いさせたのは僕だけど……。いや、君の命を奪う事なんて僕には出来ない。だから泣かないで、ね」
黙って頷くと頭をポンポンされて、もう一度抱きしめてくれて部屋を出て行ってしまった。




