大掃除
ご厄介になって三週間が過ぎ、年の瀬が迫ってくる。
学校ではさっき終業式を済ませていて、私たちは冬休みに入った。
「赤点は回避できた」
「留年は許さないよ。いや二人して留年すれば、修学旅行を一緒に回れるかも」
「耕介さんに怒られるよ」
「でも、奈緒さんは行けなかっただろ。一生に一度の思い出なんだからさ」
たしかに十一月に予定されていた修学旅行は、天候にも恵まれて充実したものだったそうだ。ただ、私は行ける状況では無かったので欠席扱いになった。
「実はさ、二日目の自由行動にどうやって誘おうかと悩んで、結局は良い案が見つからなくてさ」
「えっと……。ううん、なんでも無い」
「誰とも一緒じゃ無かったよ。安心した?」
誘おうとしたのは私だったと自惚れてもいいのだろうか。私が行かなかったから独りでいたと言いたかったのだろうか。
「修学旅行ってどうだった?」
「楽しめなかったよ。奈緒さんがいないんだもん、当然じゃないか」
「刀弥君は、いつから私の事を気にしていたの?」
「『前から』としか今は言えない。嵐を呼び、雪を降らせるんだろ。中学の頃から有名だったみたいだね」
「もっと前からだよ」
「あれから起きていないだろ? 毎日奪っているんだから当然なんだけど、これで信用してくれた?」
たしかに初めてのキスから悪いことは何も起きてはいない。強いて言えば視線が痛いくらいだけれど、それは刀弥君の発言が原因だし周りに迷惑をかける様なものでも無い。
このまま一緒にいられれば幸せを掴むこともできるかなんて、なんとも壮大な夢を見てしまいそうになる。
少し前の私ならそんな事には関心も無かったはずで、膨らんでしまう期待は彼の糧として必要なのか解らないでいた。
まだ三週間?
もう三週間?
刀弥君とのキスは既に日課になっていて、沈みそうになる私の気分を引き上げてくれる。だから、学校で受ける不躾で悪意ある視線も気にならなくなってきたし、ささやかながら欲も出て来たのだろう。
飲み続けている薬の影響もあるのだろうけど、すがって泣く事も減ってきているので、何とか見られる顔になってきたようにも思う。それが早いか遅いかは判らないけれども、いま生きている事に幸せを感じ始めていた。
心配をかけない様にと、叔母さんには彼の家に住んでいる事を連絡してあって、耕介さんからも説明してもらったので渋々ながら了承は得ていた。
『いくらなんでも男の子と同居なんて』
『兄さんたちが賛成するとは思えないわ』
『だったら、ご飯は一緒に食べましょうか』
『いやになったらすぐに言ってね』
荒れた家の中も、泣きはらした顔も、空の冷蔵庫も知っているはずなのに電話口でそう言われても、頼る訳にはいかないのだと改めて思った。だから迷惑をかけてしまうけど、耕介さんに会いに行って貰って了承を取り付けたのだった。
「ねぇ、奈緒さん。君の自宅の大掃除に行かないか。ご両親の部屋も埃だらけにしておくのも良くないし、持ってきたい物に気付けるかもしれないし。ちゃんと手伝うからさ」
「うん。綺麗にしてあげないといけないよね」
そんな話をキスしながらした翌日、刀弥君は大掃除だと朝から張り切ってじゅんびして、こうして今は黙々と二人で作業をしていた。
両親が使っていた部屋に入れば未だにその姿を追ってしまうことがあって、どうしても手が止まってしまうのは彼には申し訳ないけど、今はまだ許してもらいたい。
それでも薄れゆく寂しさと罪悪感があるのも事実で、居場所まで用意してくれた刀弥君に満足してもらえているか少し不安になってしまった。
刀弥君は台所や風呂場を中心に掃除してくれていて、寝室に決して入る事が無いのは彼なりの思いやりなのだろう。
「そろそろ休憩にしようか」
お昼にはちょっと早いけど、一段落ついたのか刀弥君が廊下から声を掛けてくれる。
「お昼はどうする? コンビニにお弁当でも買いに行ってくる?」
「奈緒さんは? 味覚はまだでも食欲は戻ってきているんだろ?」
「体が冷えちゃったから、暖かいものがいいかな。あ、ファミレスにする? 水回りだったから体冷えちゃったよね」
住んでいないせいもあってか底冷えが酷くって、モコモコのスリッパを履いていても足先から冷えてくる。それなのに、お湯が使えるとは言え水場を担当してくれた彼には、早く暖かくして欲しかった。
二人でファミレスに入って食事を済ませ、夕方まで掛けて大掃除を終えると何かが吹っ切れた。年が明けたら徐々に遺品の整理を初めて、いつでもここを引き払えるようにしよう。
中古マンションとして売れるかどうかは分らないけど、もうここに住むことは無いのだと決心した。
「ねぇ、刀弥君。年が明けたら遺品の整理をしようと思う。ほとんど捨てるようだけど、手伝ってもらえるかな」
「気持ちの整理がついた物から減らしていこう。ちゃんと手伝うし、時間はいっぱい掛かけて良いからね」
「うん、ありがとう。でも食べてしまいたくなったら、未練さえも残らない様に食べつくしてね。残った物はみんな捨ててしまっていいから」
できるだけ笑顔で言った私を、刀弥君は残念そうに見返してくる。
「未練なんて残させないさ。だからそれまでは、僕のそばで心の底から泣いたり笑ったりして欲しいな」




