空中要塞機③
久々に登場人物→宮下 波留。イチイの義妹。消息を絶った姉を気遣いつつ、気がつけば義兄のいる要塞機に赴任した医師。女医。黒髪ロング眼鏡。
飛龍改二の後方に伸びるドッキングアームに向かって自動飛行していくBDが、真上からドッキングアームに拘束されると自動的に主翼を折り畳んで収納ハッチへと引き込まれ、ゆっくりと機内へ収まっていく。
ハッチが閉じ、与圧終了のサインが表示されると、構内作業員達が近寄ってきて機体へ取り付きタラップを取り付ける。
【……済みませんが、手を貸してください……ひ、独りで……た、立てなそうだから……えっ!?】
ハッチを全開にした俺は、作業員が近付くより先に彼女の後ろから手を回し、そのまま掬い上げるように抱えると、脚部の跳躍力だけで機外へと降りる。
【ふわぁっ!!……お、驚かさないで……もぅ!!】
横抱きに抱えられていたチンイェンは、恥ずかしそうにしながら自分で立とうと健気に振る舞ってはみるが、やはり脚に力が入らないようでヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまった。
「ほら、無理は禁物だぜ?……よっこらせっ、と……ん?」
まるで人形のように軽い彼女を再び抱き抱えて歩き出そうとすると、構内出入り口の扉が開き、カズンが姿を現す。
「イチイ!チンイェン!!おかえりなさいっ!!」
チンイェンを乗せる為に飛龍改二へ残った彼女は嬉しそうに笑いながら、手を振りつつ走ってくる。
「チンイェン、お疲れ様!!チンイェン、疲れてるから、ゴハンにしよう!!」
「そりゃお前が食べたいからだろうが……しかし見ての通り、チンイェンはまだ戻ったばかりだし、胃は受け入れてくれんと思うが……?」
【……ご心配なく……少し休めば、大丈夫です……たぶん。】
気丈にそう言いながらチンイェンは何とか独りで立ち上がると、よろめきながらもゆっくりと歩き出す。
「チンイェンすごい!カズンだったらたぶん無理!!お腹減ったら倒れる!!」
少しだけ勘違いしているカズンは、そう言いながら俺達の先を歩いていたが、ふと気付いたように振り返ると俺に向かって、
「……そうだ!イチイ、カズン、知らせることがある!!」
両手を合わせて組みながら、まるで祈るように眼を瞑り俯いていた彼女は、意を決したのか……一言、言った。
「……カズン、オトナの身体になった!!」
……はぁ!?こいつ何言ってるんだ!?
俺は全く理解できずに硬直していたが、横に居たチンイェンは直ぐに察したらしく、事態が飲み込めずにいた俺の背中をバシン、と平手打ちし、
【……菊地一尉、あなた鈍いわぁ……女の子がオトナになった、ってことは一つしかないじゃないの!】
情けなさそうに俺の顔を見上げながら、出来の悪い生徒に教え諭すように俺の肘を掴み、
【もう……カズンさん、たぶん……その、初潮が有ったんじゃない?……その、人間と同じだったとするなら……きっと!】
「……そ、そうなのか?……その、勘違いとかじゃ、って有る訳ないか……」
戸惑う俺を尻目にカズンは何故か得意気に微笑み、少し背伸びをしながら俺の首にしがみついて、
「カズン、これで、イチイのお嫁さんに、なれる!!」
聞き捨てならないことをあっさりと言いながら、ウフフ♪……と笑った。
……しかし何故、今更カズンの身に変化が起きたのだろうか?
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「……菊地一尉、どうぞ入ってください。」
俺は呼ばれるままにスライドドアを開けて、室内へと入る。
その部屋には清潔そうな設備と簡易ベット、そして整理整頓の行き届いた調度品……そして照明と器具を納めたキャビネットが有った。
「……全く、要塞機に異動してきて最初の仕事が、シルヴィが本当に初潮を迎えたかどうかなんて……しかも、義兄のパートナーだとか……妙な想像しちゃうじゃないのよ……」
指先でクルクルとペンを回しながら、反対の手を額に当てつつ、疲れたように溜め息をつく白衣の女性。
眼鏡を掛けた長髪の彼女は宮下 波留。……今は亡き妻の妹……姉の亜紀と違って、私は机にかじりつくタイプなの、と自嘲気味に笑うけれど、努力と才能だけで医学部を卒業して医師になった秀才である。
姉妹と言うだけだけあり、亜紀の背丈を伸ばせばこうなるかな?という位に二人は似ていたが、妹の方が背が高かったりと違いは多い……いや、多かった……、か?
彼女の傍らで検査用の白衣の前を閉めながら、何故かうっすらと涙を浮かべているカズン。俺は完全防音の部屋の外に居たので、何が有ったのかは判らないが……。
「それにしても何故今更……第二性微期だなんて、本当なのか?」
「……一応、医学的な検証の結果から言うと、カズンちゃんは外見的な成長の遅れは認められるけれど、現在進行形で立派な女性よ……。でも、食糧事情によって痩せ細ってしまうと生理が遅れる、ってのは人間にも有ることよ?痩せていると妊娠し難くなるし、逆に皮下脂肪が増えると着底し易くなったり……あ、うん、つまり……個人差の範疇よね……。」
……姉の亜紀は、俺と結婚してから子宝に恵まれなかった……先天性の卵管狭窄症と診断されていたから、俺は仕方がないと思っていたが、妹の波留にはナイーブな話題なのだろう……言葉を濁してカルテに目を落とした。
「一つ気になったんだが、シルヴィの成長に最も必要なものは、何だと思う?」
「何よ藪から棒に……学会でも献身的なシルヴィの臨床データを元にして、様々な推論は出ているけれど……」
俺は波留の戸惑う姿を眺めながら、カズンの頭に手を伸ばしてそっ、と撫でてやる。カズンは日溜まりで微睡む猫のように眼を細めると、されるがままに身を任せ、心地よさそうに眼を閉じながら撫でられている。
「俺が思うに……シルヴィ達は栄養供給が滞ると、自発的に冬眠状態へと移行するだろう?……それは逆に、個としての自分を守る為、妊娠しないことで親子共倒れしない、そんな知恵なのかもな……カズンと最初に出会った時は……針と棒みたいな身体に、骨張った骸骨が載ってるみたいだったよ……今じゃすっかり様変わりして、立派な食いしん坊になっちまった。まぁ、こいつが幸せなら、それでいいんだがな……。」
俺から見れば幼い妹みたいな奴だが、本人は時々……亜紀の代わりになりたい、みたいな生意気なことを言ってくる。ま、感謝の裏返しみたいなことか、と思っているから気にしてはいないが……。
「……とにかく、カズンちゃんは立派な大人の女性です!これからは義兄さんもちゃんと淑女として接するようにね……笑うからって、人前でくすぐって笑わせたり、黙らせたくて口ごと顔を鷲掴みにしたりしないこと!判った?」
「……よく知ってるな……判った判った、これからは気をつけるよ……なぁ、波留、これはその……秘密にしておいた方がいい話……なのか?」
俺は何となくそう口にしてみたが、発言の意味を考えると……あまりいい気分にはならない。
「うん……あまり考えたくないけれどね……一応、男だらけの環境だし、シルヴィ達は民間人扱いだから……その……」
「いいよ、俺と波留、それにカズンとチンイェンだけが知ってる事実なんだし……言い触らさなきゃいいんだろ?」
結局、着替えたカズンを伴って部屋を出た俺は、手持ち無沙汰で待っていたチンイェンと合流し、遅い昼飯を摂ることにした。
さて、何を食ったもんだか、な……。
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「ご飯!ご飯~!!……どーしたの?イチイ?」
小走りに先を急ぐカズンが、トトッと立ち止まり振り向く。対人インターフェイスを付けていないから、顔色に出てることはないのだが……?
「イチイ……さっきから喋ってないよ?……カズンのこと……嫌いに、なった?」
「嫌いに!?何故そうなるっ!?……いや、考え事をだな……していたから……」
慌ててカズンに弁明しつつ、言い訳までして何からその話題を遠ざけようとしているのか気付き、心の中で苦笑いする。
(……カズンは拠り所として俺の隣に居続けたいから、嫁になりたいと言っているだけだ。ここに居るのが俺でなくても……いや、それなら当事者同士以外から見れば同じことか……。)
【カズンさん、菊地一尉はそんなことで嫌いになったりしないから、心配しないでいいと思いますよ?】
「……さっき、ハルから聞いた……たまに、イチイと飛べない時ある、って……そんな時に、イチイに何かあったら……カズン、嫌だ……」
その場に居た三人に重い沈黙が降りた瞬間、機内に緊急召集を告げるサイレンが鳴り響く……って、緊急召集?そんなのが鳴るってことは……、
《……機内待機の全パイロットは即時発機準備……飛竜種襲来に備えよ……》
「イチイ!シューライって、何!?」
「シューライはッ!……飛竜種がやって来てるってことだよ!!」
【大丈夫なのか!?……飛竜種にはブレス・レールガンが有る……どれだけ要塞機の装甲が厚くても何時かは射抜かれてしまうぞ?】
俺はカズンに答えながら、不安がるチンイェンに向かって、
「……心配ない。この機の滞空高度なら対空レーザーが使用可能だ。いや、その為にこそ、この場所が選ばれたらしいが。」
そう説明し、発進準備を始めている筈の自機へと向かった。
……勿論、カズンをガス切れさせない為に途中で食堂に連絡して、何か手に持って食べられるような物を急いで届けるように手配を忘れずにしないとな。
波留とは四才違います。亜紀は二才年下です。イチイは三十路。誰得なアラサーだらけの小説ですが何か?次回・飛竜種襲来に続きます。