ステルス潜水空母
登場人物→チンイェン(青燕)。中国義勇軍のエースパイロット。21歳。独身。
海面を割って姿を現した中国の巨大な潜水艦は、見る者の予想を遥かに上回る巨大さだった。甲板は格納型らしく内側から両開きに展開し、多数の噴射孔から高温のスチームを利用して甲板を乾かし始める。外郭はステルス仕様の黒いレーダー波吸収塗料でザラザラとした鈍い表面仕上げ、そのせいか生物のような光沢感のない外観だった。
しかし遠近感すら狂わせる巨体は想像の埒外で、世界最大級と言われれば素直に信じてしまいそうだ。
……いや、そもそも、こんな奇想天外な兵器を未だに保持し運用している中国の底力には感嘆するしかないが。
【……指示が有り次第、着艦プログラムに従い高度を下げます。搭乗員は着艦時の衝撃に備えてください】
無機質な音声を耳にして後席のカズンの様子を見ると、しっかりとハーネスで固定されているので一安心……だが、首は項垂れたままなので若干の不安は残る。眼下の甲板に三国機が着艦し、タイヤから急制動の煙を上げながらワイヤーを捕捉したようで、甲板先端に現れた開口部から出てきた甲板要員の手を介してコックピットから降ろされるイデアと、手助けされながらタラップへと足を踏み出す三国の姿が小さく見える。望遠機能付きの全身義体はこんな時には便利なものだな。
甲板が空けられたのを確認し、チンイェン機に先に着艦することを宣言してから高度を更に下げて着艦プログラムの実行を促すと、
【……了解、着艦プログラムに従い着陸を開始します。】
可動翼を低速仕様に可変させ、自機を緩やかに降ろしながら風上に進路を取る空母へと差し向ける。
……ガッ、キキキキキキキキィ……ググッ、
着艦の衝撃、急制動のブレーキによる急激な荷重、そしてワイヤーを捉えたことによる姿勢変化……から、タキシング状態で動いていた自機がアイドル状態へと移り、自動的にエンジンを緩回転で維持させる。
高温の廃棄熱を避けながら甲板要員達が機体に近付き、ある者は誘導用重機で機体を曳行する準備をし、またある者は機体に取り付けられた兵装に封印を施す。 テキパキと動き回る彼等を眺めているうちに、キャノピーをノックして開放するようにジェスチャーで促され、慌てて開放ノブをリリースさせると後方からゆっくりと後部カウル、そしてキャノピーが開き、
【お疲れ様でした。負傷しているパイロットが居ると聞きましたが……後ろの女性ですか?】
甲板要員が取り付けたタラップから身を乗り出して、後方のカズンに手を差し伸べながら俺に尋ねる。
「……いや、彼女は気を失っているが身体に別状はないんだ。だが歩けないのでソッと運んでやってくれないか?」
【判りました。医務班が待機しています。直ぐにストレッチャーを準備させますのでハーネスを外して下さい】
彼の言葉に従い後部ハーネスを開放し(機体の全操作は脳リンクで事足りる)、両脇から抱き抱えられながら降ろされたカズンはストレッチャーへと移されて、開口部に向かって運ばれていった。
【どうかしたか?……フライトオフィサーは無事だったんだろう?】
自力でタラップを降りてカズンの消えた方を見続けていた俺は、傍らから語りかけられてやっと気付くと、直ぐ傍に小柄な髪の短い、対圧服に身を包んだ女性が立っていた。
「……あんたが、チンイェンさん……なのか?」
【今更何を言うのかと思えば……君の同僚だって女性だろうが……世界の半分は女性てしょ?】
眼を細めながら訝しげに言われて、ようやく自分が上の空で返していたことに気付く。
……いや、そうじゃない!あの操縦を生身の女性が成し得たってのか!? 目測だけで射撃管制もまともに出来ないようなロケットランチャーで飛竜種を撃ち落としたんだぞ? 確かに人口比率で考えれば優秀なパイロットを輩出し得るとしても、やったことは神業に等しいだろ……?
「チンイェンさん、凄い腕前じゃないか!! 俺の知ってる限りじゃランチャーだけで飛竜種を落とせる奴なんて居ないぞ!?」
正直な気持ちで俺は彼女を称賛したのだが、当の本人にとっては当たり前のことだと言わんばかりに頬を指先で掻きつつ、
【いや……そうなのか?……確かにうちの部隊でもロケット装備の機体は私のだけだけど……昔からああした武装は良く存在したし、初期のジェット機は誘導兵器自体が少なかったのだから珍しくないでしょ……?】
チンイェンはそう言いながら照れくさそうにヘルメットを掌で回しつつ、暫くの間、いやしかし、とかでも別に……とか言っていたのだが、
【それはそうと、とりあえず今は私に同行してくれないか?ほぼ独断に近い形であなた達を着艦させたから、艦長には共に報告しなければならないので……】
そう言う彼女の横に並び、暫く二人とも黙って歩いていたが、
【その……菊地一尉は、その全身義体をどのタイミングで換装したんだ?】
自然体で、世間話でもするかのようにチンイェンは訊ねてきた。きっと初見の際から気になっていたんだろう。人によっては重傷を負って已む無く義体化する事もあるし、本人が望まないまま義体化することもある。好奇心だけでは無闇に聞けない、ナイーブな事情等を配慮したのだろう。
「俺は希望して、全身義体化を選んだ」
【そうなのか……その、見た目がかなり……人間離れしているから、飛行用義体に見えなくて……済まない、気にしているなら詫びるが……】
歩きながらそう言ったチンイェンだったが、好奇心を抑えられない年頃だとすると、見た目の割には意外と若いのかもしれない。
そうして見ると、三国と比べてもほっそりとした容姿はカズンに近く、功績と言動のせいで老成して見えていただけなのかも知れない。
「気にすることはないさ。航空任務の時は対人用インターフェイスを外しているから尚更だが、待機時や非番時は普通の頭部を使うさ」
【なるほど……でもまあ、今の顔もその、何と言うか……とても個性的で特徴的で……悪くはない、と、思います……】
「……正直に《爬虫類のガイコツ》みたいだって言って構わないぞ?……だが、裸の王様並みの器量の狭さじゃ、パートナーを伴って空なんて翔べやしないがな」
自慢じゃないが見慣れていない基地職員等には今でも驚かれることも暫しだ。一度だけ変更出来ないか相談したことはあるが、「チタン合金の外殻は曲線の加工が難しく云々」と説き伏せられた結果、仕方なく諦めたのだ。航空任務用はこれしか無い……三国なら泣くレベルじゃ済まないが。
そんなやり取りをしながら艦内へと導かれ、巨大な艦体にしては狭い通路を通って艦橋部へと進んでいった。
艦内は予想通り……と言おうか、人ヒトひと……そう、艦内作業要員その他で溢れ返り、喧騒に包まれていた。
甲板要員の多さから予測はしていたが、我々の要塞機ならドローンを活用して無人化されていて、特定の区画以外は人影も疎らであるが、国が変われば思想が変わる、ひいては様々な役割を担う人間が往き来するだろうと思ってはいたが……、
通路を個人端末の操作をしながら部署の同僚と早口で作業行程を打ち合わせつつ、足早に急ぐ者が居るかと思えば、
機材の修理に使うのか色とりどりのケーブルの束が積まれた台車を押しながら、こちらに詫びつつ通路の角を曲がる者が通り過ぎ、
上級士官なのだろう、帽子を被った略服姿の女性が部下に指示を出しながら階段を駆け上がり、
とにかく要塞機ではお目にかかれないような光景に、思わず心の中で《……実に中国の船らしいな……》と勝手に納得していた。
だが、雑多な姿の彼等に一つだけ共通していることは、行き交う彼等がかなり若年層に片寄っていたのだ。
「チンイェンさん、何だかこの艦は……若い人で溢れ返っているような感じがするが……何かしらの理由があるのか?」
【お気付きになりました?この艦は国家首脳部が《新しい艦には新しい未来を担うに相応しい若さの人材の方が適任である》と、拘りましてね……その結果、我々のような年齢の士官が大半を占めているんです。】
そう言いながら進んできたチンイェンの案内も終わりを迎え、俺と彼女は中央管制室の有る艦橋へと到達した。
【……と、言う訳で飛竜種の駆逐を敢行し、戦果を確認出来たのですが、搭乗していたフライトオフィサーの体調不良が生じて緊急着艦が必要になり、着艦申請を出す暇が無かった為、急きょ旭本機は着艦を余儀無くされた……と、いうことであります】
チンイェンの説明を受けながら初老の艦長は暫く無言で居たのだが、
【仔細了解……と言いたいところだが、とりあえず形だけではあるが、貴官の所属している空中要塞機の連絡を待っている所だ。まぁ、軍隊であるから止むを得ないのだがな……】
そう言いつつ、艦長は俺に向かって、
【……娘が世話になったようだが、今は素直に感謝しよう。ありがとう。】
「娘?……オヤジさんが艦長なのか?」
俺はチンイェンに問うと、彼女は若干恥ずかしげにしながら、
【そうです……歳は随分と離れていますが立派な父親ですよ?】
誇らしげに評しながら言い、そこで不意に思い出したかのように、
【そう!この方と共に居たフライトオフィサーは今は何処に……】
と口にしたチンイェンだったが、父親の艦長は含み笑いをしながら、俺に向かって手にした書類の束の一つにサインをするように促しつつ、
【フフ……それだが、もうご存知でしょう?彼女達がどこに居るのかは】
「えぇ、たぶん……イデア……もう一人のフライトオフィサーと共に……艦内に有る食堂に向かったのでしょう?」
そう答える俺からサインに用いた筆記具を受け取りつつ、艦長は無言で頷いてからチンイェンに案内するように声を掛けると俺を解放してくれた。
【……シルヴィって、そんなに空腹が応えるんですか!?……あんな見た目でか細いのに……、】
チンイェンは驚きを隠さずにそう言いつつ、艦内昇降口から最も近い場所にある食堂へと案内してくれた。
きっと先に同行していた筈の三国とイデアも同様に案内されて、彼女達も向かっている筈なのだが……。
どのみち彼女達が向かう所なんて思い浮かばないのだが。
「うん……なるほど、ここ……か。いやしかし何と言うか……凄いな」
チンイェンに伴われて着いたそこは、正に《人間の坩堝》と言った表現の似合う、艦内要員も甲板要員も区別なく積極的且つ旺盛に摂取をする為の空間だった。
「……それにしてもあいつら、何処に居るんだ?」
はい、次回こそ飯テロいきます!!