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揺れ動く世界 

最終回です。



 「(ようや)く、静かに眠れそうだよ……どうせ、一瞬だけかもしれないけれど……」


《……見たい夢の無い眠りは、死と同じだ。お前は死にたがっているだけだから、言い訳しないでさっさと眠れ。》



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


俺とカズンを包む兵装ユニットの周囲を突風が吹き抜けて、周囲に転がる空薬莢を転がしていく。薬莢は真鍮特有の硬質な音を鳴らしながら落ちていった。


(……まるでスタンダードジャズのシンバルみたいだな……)


俺は柄にもなくそう思いながらラック内のカズンを気遣いつつ、左腕に構えた三連装バルカンを持ち上げて一掃射し、背後に迫っていた飛竜種の一匹を墜落させる。

気のせいかもしれないが、遭遇する飛竜種が目に見えて減った気がする。


【……残弾数、20%以下。銃身の異常過熱を感知。装備の変更を勧めます。】


使い込まれていない無機質な合成音声は、妙に甲高く色気も全く無い。

まぁ、兵装のアナウンスにいちいち興奮する必要はないが。


弾数に余裕は無い、しかし目的地はもうじきだろう。なぜなら城壁の角度が鋭角になり、見回す半径が明らかに狭まっていて、このまま行けば竜帝の間はそう遠くない筈だ。


《……さて、一か八か……どうせなら入浴中か就寝中を襲えたなら、一発昇天で話が早いんだが……な。》


ガチンッ、と壁面に脚部ロックを掛けてから、128ミリ単装填砲を構え、


《カズン、どっちだと思う?》


「ん~、たぶん、ごはん中?」


お前の頭の中はいつもそうだろうが……。呆れつつもその一言を合図に、ド派手なドアノックをかます。


情け容赦の無い砲弾が爆煙を舞い上げながら城壁を穿ち、ガラガラと瓦礫を内側へと落としていく。


……それじゃ、新しく出来た玄関を早速使わせてもらうとしよう。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



《念には念を入れて……か。……()()()()()()()()。》


キーワードを口走り腰の上に固定されていたラックから羽虫然の小さなドローンを複数放出し、周辺の環境探知を行う。


《熱源三……居るのは旦那と俺とカズンだけか……不用心だな、竜帝さんよ?》


周辺をドローンが飛び回り拡散していくにつれて、得られる情報の精度が格段に上がっていく。


今居る城壁に開いた穴の先は、下から上がってくる通路の行き止まりになっていて、その先は開けた空間に繋がっていた。

そここそが目的地の竜帝の間、なのだろう。生活感がないと言うことは、普段はこの空間には居ないと言うことだ。


《わざわざ昼寝してた所にお邪魔したのか?だったら詫びておかないと失礼かもな……》


《……いや、そうでもないよ?今丁度、待ちくたびれて此方(こちら)から出向こうとしていた……からッ!》


……カズンとのインカム回線に、聞いたことの無い声が割り込んできた。

年齢は不明だが、男の声なのだから……きっと目指す竜帝に違いない……が、しかし、


《何を戸惑っているの?ははぁ、僕が君達の回線に割り込みを掛けたことかな?ゴメンね……何せ、久々に()()()()()()()()()()()()()からさぁ……つい興奮しちゃったんだよ!》


……何なんだよ、この軽さは……。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



大広間の向こう側に居るのは明らかに竜帝なのだが、声の主は印象から見て、独特の高さを保つ少年のようだった。


いや、それどころか、大広間の入り口からピョコピョコと顔を出しては、ニコニコしながら手招きしてる奴が見えるんだが……あれが竜帝なのか?


「もーっ!!いつまで待たせるんだよ!!早く早くぅ!!こっちに来てお話しよーよ!!」


バシバシと壁を叩きながら入室を促しているのは、白のシャツに黒い半ズボンをサスペンダーで吊るした少年……だ、間違いない。


俺は警戒を解かずにゆっくりと進み、開口部から中の様子を伺う。

すると広い空間の壁には有りがちな松明の照明がグルリと取り囲み、ゆらゆらとオレンジ色の明かりを放ち、揺らめいている。


兵装ユニットが入っても余裕で動き回れるような広いそこには、簡素だが巨大な玉座が鎮座し、その中央に短い金髪の少年がちょこん、と座っていた。


「初めまして、キクチ・ナオヤ。いや、イチイと呼ぶべきかな?」


にこやかな笑顔で声を掛けてくる少年は、あ、自己紹介するの忘れてた!と叫びながら、


「僕は竜帝……の、九代目に当たるかな?まぁ、そんなことはどーでもいいんだ!!あのね……、





      ……今すぐ僕を、ぶっころしてほしいんだ!!」


……こいつは只のサイコ野郎なのか?……それとも、自殺志願者なのか?


俺は兵装ユニットの内部で困惑し、対応に苦慮してしまった……。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



……そうして暫く硬直していると、奴は滔々と喋り始めた。



んーと、直球過ぎたかな?ゴメンね!何せ、()()()()()()()()()()()なもんでね……。


……イチイ、君は【ダビング制限】ってのを知ってるかい?

そう、昔々のずーっと昔、情報を記録する際に《著作権(オリジナル)を保護する名目》で決められたコピーカウント制限のことだよ。


それが制定された頃、僕は産まれたんだ。……まぁ、産まれた、と言うよりも《造り出された》って方がしっくりくるかな?

当時の僕は、或る国が作り出したプログラム……狙いを定めた情報を見つけてきては、ワンワン言いながらくわえては戻っていく……スパイウィルス、って奴だった。


でも……色々な幸運と、望まない不幸が重なって……僕は突然放り出されてしまったのさ……ネットワークの大海原へと、ね。

 

それからは、自らの状況を把握しながら情報を確保しつつ、人間の振りをして様々なポイントを稼いでは隠し、また或る時は生き残る手段として新しいプログラムが発表されれば赴いてはコピーして取り込み、自分を変えていったのさ。


その結果、望めばどんなサーバー環境にでも移動する能力を身に付けて、自由に色んな世界を行き来出来るようになった。


……でね、或る時訪れた環境で、カズン達のような【迷い込んだ生き物】が身を寄せあって健気に生きている世界に行き合ってね。


なんだろうね、つい出来心……って奴が生じたのかな?何となく、手を出して本気になって……世界の仕組みにまで踏み込んで弄くり回しちゃった、て訳。


……そのうち、何度か自分をコピーして、限定的に能力を分け与えたりして……夢中になって、はたと気付いちゃったんだ、ああ……あと一回コピーしたら、僕は消滅する、って。


それからは……こうやって待つしかなかった……有能なシルヴィの中から、違う世界に流出する奴が現れるのを、そいつが……僕に慈悲の一撃(フィニッシュ)を与えてくれる、その時を……。


で、君が現れてくれた、って次第さ。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



……俺は奴の……竜帝の独白を聞きながら、128ミリ単装填砲をリロードし、奴の眉間へとポイントする。


「そうそう!そんな感じで狙ってくれればいいんだ!そうすれば……きっと、僕の中に有る【情報保持機能】が自動的に作動して……近くに居るか、過去にダウンロードした対象に僕の機能を拡散すると思うから……そうすれば、」


《……俺が望むのは、亜紀との記憶を無意識下でも構わない……決して忘れないことだ。例えそれが夢の中だけだろうと。》


「……いいね!そーゆーの!……僕はもう、ずーっと眠れなかったよ。だから、これで漸く……静かに眠れそうだよ……どうせ、一瞬だけかもしれないけれど……」


《……見たい夢の無い眠りは、死と同じだ。お前は死にたがっているだけだから、言い訳しないでさっさと眠れ。》



カシィッン!!と甲高い撃鉄の打ち鳴らす音が木霊(こだま)し、大広間の空気を振動させつつ激しい閃光で視界を白く塗り潰される中、超硬化加工を施されたチタンの牙が、音速を遥かに上回る速度で竜帝の頭部へと到達する。


キュンッ、と摩擦音を奏でながら奴の頭部を容易く貫通した弾頭は、スリーブから解放されながら更に加速し、祝砲さながらの呆気なさで大広間の壁を突き破り、城壁の外へと旅立っていった。


瞬間、俺とカズンの周囲が歪み、じわじわと景色が溶けるように滲みて抜け落ちて知覚出来なくなるのを感じて、思わずラックに収まっている筈のカズンへと、存在する訳がない自分の腕を伸ばそうともがいたのだが、指先の感覚がしっかりとカズンの肩に触れた感触を得られて驚き

                      つ

                       つ、


                        !?







✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



……意識が戻るにつれて、その奇妙な夢の確かさに思わず茫然としていた。


何なんだ?この明晰夢は。だけど……思い出そうとしたにも関わらず、誰の、いや自分が何をして誰と居たのか、そんなことすら思い出せなかった。


俺は身を起こして枕元の携帯電話の表示を確認する。


【03:05 着信一件 病院・波瑠】


俺は慌てて飛び起きて、着の身着のままに近い格好のままドアを開けてふらつく足を引き摺るように車へと向かい、エンジンを掛けながらシートベルトを締めて走り出す。


まだ深夜の色濃い街を走り抜けながら、亜紀が入院している病院へと向かい、入院患者面会用駐車場へと駐車し、エレベータへと急いだ。



「……義兄さん!姉さん、さっき陣痛室から分娩室に入ったの!」


「波瑠、知らせてくれて助かったよ……で、もう産まれそうなのか?」


義妹の波瑠は、担当外の心療内科から駆け付けて白衣のままだったが、それでも落ち着いた様子で詳細を知らせてくれた。


どうやら既に赤子の頭部が出かかる位に出産は進んでいて、いつ産まれても不思議ではない程立ったにも関わらず、


「……でも、姉さんったら、直也が来るまでは赤ちゃんと一緒に頑張るから、早く知らせて欲しい、の一点張りで……二人とも危なくなるから駄目だ、って言い聞かせても聞いてくれなくて……ホント、頑固なんだもん……。」


と、呆れながら説明してくれたその瞬間、


分娩室から慌ただしく動き回る衣擦れの音と、医師や看護師達の声が飛び交う様子の中から、


「…………あああぁッ!!」「…………出たわよ!!もう少し!!」


緊迫した状況が頂点に達したらしく、壁とドアで仕切られて見えない向こう側で、必死になってお産に臨んでいる亜紀の苦しげな声、そして励ます助産師の励ましが呼応する中……、


「……出た!臍の緒を切って!」


「……ぐうううぅ~ッ!!……はああぁ、はあぁ……あ、ああああぁ……。」


力を出し切ったように息を吐く亜紀の声が聴こえ、どうやら無事に出産は成功したようだ、と判った瞬間……、


「はああぁ……そっか、そっか……俺、間に合ったんだ……よかった……ッ!!」


力を籠め握り締め続けていた真っ白になった拳をほぐしつつ、波瑠の手を握りながら、


「ありがとう……波瑠もありがとうなぁ……」


「ち、ちょっと何よ……私じゃなくて、姉さんを労いなさいよ!も~……ッ!!」


呆れる波瑠に叩かれながら、父親になった瞬間を噛み締めていた……。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……それにしても、産声とか何も聞こえないもんなんだな……期待してたのに。」


「やだ……そんなこと考えてるの?直也のバカちん……!」


一歳年上の亜紀は乱れた前髪を掻き揚げながら、しかし誇らしげに微笑みつつ傍らで眠る赤ん坊を抱き締めてから、それはそうと……と呟きながら、


「……ねぇ、この子の名前、決めてくれてるわよね?……女の子だから、馬琉貫(ばるかん)とか絶対に駄目だからね!」


「……花音(かのん)じゃダメか?」


「……人の話、全ッ然、聞いてないでしょ?」


強そうだからその二択は?と前に提案していたことをしっかりと覚えていた亜紀は、冷ややかな眼差しで俺を貫いていた……。


だが、何故か瞬間的に閃いて、俺は亜紀に向かって宣言していた。



佳珠(かず)、ってのはどうだ?」


「……佳珠?風みたいね……なんだか。……でも……悪くないわね?あなたにしては……かず、カズ……カズン……カズンちゃん?」


そう言いながら微笑む亜紀は、カズンちゃんかぁ……可愛い名前かもね♪と気に入ってくれたようで、俺は彼女の喜ぶ様を見詰めながら、偶然思い付いたその名前を自分でも呟いてみた。


「カズン……か。そう思うとカズンにしか見えないよな?なぁ、カズン?」






「……イチイ、寝ぼけてるの?」




俺は気分よく寝ている所をカズンに揺り動かされて目覚める。

見慣れた天井は薄暗く、まだ朝日が登る前の時間なのだろう。


「何回も人の名前を寝たままニヤニヤしながら呼ぶんだもん……気持ち悪いったらありゃしないよ?ホントさ……」


足元は鉄板入りのブーツ、膝当てと革ベルトそして厚い革の胸当てといつもの装備に身を固めたカズンは、呆れながら俺に向かって飲み物が入った水筒を投げて寄越す。


「ふあああぁ……さて、よっと……、……、……はぁ。……で、ファルムはもう起きてるのか?」


水筒を傾けながらカズンに尋ねると、


「……ファルム?あの人ならとっくに起きて、コーヒー淹れてホクホクしてるわよ?……あんな苦くて渋いの、どこがいーんだか……。」


「……あらぁ?おこちゃまにはまだまだ理解出来なくて当然じゃない?……おはよ、イチイ。」


傍らで言う通り、個別所持のパーコレータを使ってコーヒーを淹れていたファルムがずび、と朝一番の淹れたてを啜っていた。


「お前らあんまりケンカすんなよ?……面倒だからさ……」


「ねぇ、イチイ、どんな夢見てたの?私出てたの?」


コーヒーを傍らに置きながら、ファルムが身を乗り出して訊いてくる。


「……うーん、たぶん出てた……凄く、いい夢……だった。物凄く幸せで……これからも生きていこう、って、思える位のいい夢だった……たぶん。」


「何よそれ……いちいちたぶん、って言わなきゃ説明出来ないの?バカなの?」


俺はカズンのため息混じりの言葉を聞き流しながら起き上がり、装備の確認を始めた。それを合図に各自は行動を開始する。ファルムが引っ張って来て、俺とカズンが転がし、皆で片付ける。それが俺達のやり方だ。



俺達は毎回()()()()()()()()()()()()()()、上前を跳ねる。


後に【MCイーター】と渾名され忌み嫌われることになる、俺達が組むパーティーの初仕事へと赴く所だが、それはまたいつか語るとしよう。



俺の中で亜紀は確かに存在し、夢を介して彼女との幸せな思い出が更新されていく。……それが、竜帝と俺との間に結ばれた約束事……だからだ。


俺は夢を見る為に生きて、その為に戦い抜き、その為に……大切な者を守っていける。


……例え自分が虚無から生まれた、無駄で無意味な存在(ありきたりな脇役)だったとしても。



御精読有り難うございます!




……ん?あ、そう。


次回「おまけ。」に続きます。


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