無期限休暇
登場人物→食堂班長。カズンの生活に於ける様々な楽しみの大半を彼が担っている。調理スキルは平均以上。だがしかし空中要塞機なので非常時には当然ながら積極的に軍事行動に従事する。得意料理は節約&代用品レシピの試作。
「……んふぅ……イチイ……ダメだよ……それはカズンのさくらんぼだよぅ……」
……俺は、カズンの寝言を聞きながら、ファルムの言ったことを何度も何度も考えてみた。
彼女は二つの提案をした。それは不可侵と共闘。
それを俺が承諾したとして、全人類が右へ倣え、となるだろうか?
……答えは否、だ。飛竜種共は……人類を殺し過ぎた。八十億のうち、九割が主要都市と、その運命を共にしたのだから。
夫は妻を、親は子を、あるいはそれ以外を失い、死に物狂いで仇を討つ、と屍を前にして必滅を誓っただろう。
……俺は、亜紀を喪った。……もし、また会えるとしたら、あの世でだろう。
しかし……俺はまだ死ねない……死にたくはない。
「やぁん……ダメダメぇ……カズンの……パパイヤは……甘い……んだよ?」
……この、寝ながらヨダレを垂れ流し、あられもない姿を晒す困ったパートナーが自分からコンビを解消するか……又は俺かカズン、またはその両方が天空の門を潜るか……もしくは、戦う為に空を翔ぶ必要の無い世界になるまでは……、
……それまでは、俺は諦めない……そして、死にたくはない。
あと、コイツの寝言はまぎわらしいことこの上無い。
ついでに言うと、俺はコイツの寝相の悪さでベットから追い出されている。
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「……それで、答えは決まったかしら?……ん、これ、昨日のより濃いわね……でも、ああぁ……癖になりそう……♪」
デミタスカップを両手で持ちながら、猫舌なりに慎重な飲み方でふーっ、ふーっ、と息を吹きかけつつ、つづっ、と啜るファルムが居た。
「皇竜種とか言う割に、気軽且つ気楽に来過ぎだろう?……俺の居場所を喫茶店扱いすんな。」
「……イチイ、パン!……おかわり!」
ジトっ……と湿度高めの視線を送りながら、競うように俺に向かって手を差し出すカズン。さっきからバター、ジャム、と催促するように差し出してはせっせと摂取に勤しみ、ファルムの方をチラチラと見ている姿は(ワタシのごはんに手を出したら、承知しないんだからね……!)と牽制しつつ自分の取り分を確保しようと躍起になる、餌付けに慣れた野良猫のようだ。
「判った判った……カズン、あと二枚だけだからな?……あとファルム、君はパンでも何でもいいから、少しは食え。……コーヒーだけじゃ、身体に悪いぞ?」
「……ウフ♪……君、なんて呼ばれると、くすぐったくて……癖になりそう♪……あ、この三日月パン、コーヒーに合うわ!……ふわぁ……美味しい♪」
すっかりコーヒー(今朝はエスプレッソだが)とクロワッサンの虜になりつつあるファルムはうっとりとしながら、サクッとした歯応えのバターたっぷりなクロワッサンを噛み締めつつ、つぅっ、とコーヒーに口をつけ、ほっこりとため息。
カズンとファルムに挟まれながら、俺は何故、こうなってしまったのか?……そして、これからどうするべきかを考える時間を作る為に、義体の検査に赴くことにした。
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「……目立つ金属疲労は無いし、関節のアブソーバも劣化は見られません……ね。」
俺は専門技師の言葉を聞きながら、ガラス越しにカズンとファルムの視線を感じつつ横たわっていた。
「それは良かった……と言ってもどう良いのか判らないが、な……。」
「そうでしょう、義体化されて間もない皆さんはそう仰有います。……健康なんだ、と捉えて差し支えありませんから。」
俺よりも明らかに年下の技師は、随分と丁寧な物言いをしつつ、機器を操作して俺の外装を元に戻し、これで検査は全て終了だと告げた。
「それじゃ、こちらの了承ボタンを押して頂いて……はい、確かに。」
全行程を終えて帰路に着く道すがら、ファルムとカズンを伴いながら、俺は手にした小型の連絡用端末で、飛龍改二の機長に連絡することにした。
通信傍受の心配を必要としない飛竜種との戦いの日々において、遠距離の施設内との通常交信が日常茶飯事であり、通信担当官がネットサーフィン出来る位の状況だからこそ、の離れ業だと言えるのだが……。
俺からの連絡は即座に伝達され、待つ間もなく老練な機長の低い声が聞こえてきた。……もっとも、俺と余り歳が離れていないせいもあり、口調は砕けたものだったが。
《…………おぉ、久し振りに声を聞くなぁ!検査に異常はなかったみたいだな?さっき結果が送られてきたよ。どうだ、カズンとは上手くやってるか?》
「……ご心配掛けて申し訳ありません、俺はともかく、カズンは元気です……ところで……、」
……俺は手短に地下要塞での事の成り行きをかいつまんで説明し、……そして隣に居るファルムとの交渉次第によっては……休暇の延長も有り得ることを告げた。
《……菊地一尉、判っているとは思うが……独走は組織として管理を任されている立場としても許されないことだ、と言わせてもらおう。》
「……仰る通りです、機長。」
《……しかし、お前は本気で不可侵と共闘は実現する、と……思っているのだな?》
「……はい。俺は……皇竜種と言う存在と、竜帝と呼ばれる者との関連性を考慮して……一枚板の組織ではなく、事に依っては現状打破に繋がる、と考えています。」
そこまで言い切る俺の言葉を聞きながら、機長は暫し考えていたようだったが、菊地一尉、先ず言っておくが、これから言うことは機長権限に依るものだ、と前置きし、
《……了解した。……菊地一尉、報告ご苦労。……俺は状況を鑑みた結果、診断結果の如何に関わらず敵性分子との情報交換の恐れがあると判断し、本日只今を以て菊地一尉に無期限待機の処分を下す。……許可が出るまでは決して地下要塞から出てはならない。判ったか?》
「……了解致しました。只今を以て、菊地直也義体化航空一尉は無期限待機に入ります……。」
《……連絡は以上だ……。……さて、ここからは通信を切り忘れた俺の独り言だから、お前は聞いていない。偶然そっちも切り忘れていたとしても、記録には残っていないからな?》
「……理解しました。俺は……通信終了しながら、たまたま回線を切断し忘れました。」
俺が馬鹿丁寧に返すと、フッ、と機長の鼻で笑うような声が聞こえてきた後、
《……俺は以前、大陸事変(※①)に運用を予定されていた、試式移動型地上要塞の将校を務めていた時期があってな……その要塞での任務を共にした同僚が俺の朋友でな……奴はその後、地上兵器の運用試験に携わる部門に配属になったのさ……》
俺は機長が突然、昔話を始めたことを怪しんだが、機長の独白は尚も続いた。
《……それで奴はその部門で偉くなってなぁ……今じゃ、各方面での試験依頼を出すような立場になっているらしい……で、奴に俺は、最近新しい飛竜種が確認された為、空中要塞機も自衛手段の為に最新式の全身義体強化兵装が必要になった、と連絡しなくてはならん……》
……最新式の全身義体強化兵装……?噂だけは聞いたことのある奴か?……確か、【二十式強化歩兵支援型兵装】……だとか言う、
《……その受領時にたまたま居合わせた誰かが……試験用の空挺キャリアごと持ち出した……としても、全てが試験用機体だから記録が存在しない、なんて都合の良い話は……そうそう有りはしないが、……なぁ。》
長々と独り言を呟いた機長だったが、そこで唐突に、
《……カズンがそこに居るよな?》
「……はい。」
《……代わってくれ。》
言われて手にしていた携帯端末を差し出しながら、ボーッとしていたカズンに声を掛けた。
「ほら……カズン、機長がお前と話したいって言ってるぞ?」
「ひゃいっ!?あわわわわわぁ……カズカズカズカズんでぃっしゅ!!」
《……相変わらず元気そうにバグってるなぁ……、どうだ?ちゃんと美味しいもん食べてるか?》
「ひゃい!!沢山食べて、お洋服、買いました!!楽しいですっ!!」
それを聞いた機長は、そーかそーか、楽しいかそれは良かったなぁ!と嬉しそうに返答した後、
《……カズン、もし菊地一尉が一人で行く、と言ったら……君はどうする?》
「カズン!イチイのパートナー!!いつでも一緒!!」
……やれやれ、そう言うと思ったよ……、と独り呟いてから、機長は畏まった口調へと変えながら、
《……本日只今を以て、菊地直也一尉と行動を共にしていた民間派遣人員のシルヴィ・カズンを、特別顧問として招聘し、彼の監視役として……まぁいいか。カズン!菊地一尉と離れたくないんだろ?……奴に責任持って守って貰え……判ったな?》
「ふぁいッ!!カズン、イチイ、一緒に守る!!」
《ちゃんと判ってるのかなぁ……》
機長と同様に俺も多少不安になりつつ、しかし元気良く即答するカズンの姿に凛々しさを見て、僅かの期間に随分と成長したもんだな、と思わずには居られなかった。
大陸事変(※①)→この世界で起きた、中国でのクーデター事件。一党独裁体制に不満を覚えた一部の人民解放軍が蜂起し、独立機運の高まるモンゴル、チベット両自治区の民衆と合流して起こした政変。各国から軍事監視団が派遣されて過度な虐殺等が行われないように睨みを効かせる為、最新兵器の見本市と揶揄される程の兵装が送り込まれた。
タイトル変わりましたが作風に変化はありません。次回「出撃準備」へと続きます。……すまん、飯テロしばらくおやすみじゃ。




