地下要塞③
登場人物紹介→菊地 直也。一応主人公。全身義体の戦闘機パイロット。彼の能力は戦闘機を正確に操り戦時状況を常時認識出来る俯瞰視モード。殴ったり撃ったりとかは得意ではない。
カズン。【風の種族】の少女。産まれながらの風使いで、大気圧縮による極低温を活用した氷結の礫や鎌鼬を操る。作中では余り表記されていないが、髪の毛を束ねたりしなかったりとおしゃれも嗜む。
地上から遥か離れた地下深く、人々の安寧を築く場所は今はそこに有った。
人類の長い歴史上、先史以前から受け継がれた洞窟居住に帰結した、とも言えるかもしれない。
だが外敵から身を守る為という理由は共通としても、その構造は極めて強固であり、外敵の脅威の程を物語っていると言えた。
……しかし、それはそれ、今は俺とカズンは……食事の支度をしているのだが、思い返せばカズンとこうして調理をするのは初めてだった。
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「イチイ、これ、何?」
カズンはしげしげとIH調理器具を眺めながら、表面のガラス面を怖々と触ってみたり、加熱ボタンを撫でたりしている。
「それは熱くする所だからあまり触らない方がいいぞ?」
「……こわい。」
言われて指を引っ込めて、手を組み合わせながら身を引くカズン。自炊そのものが未体験の彼女らしい怖がり振りだが、ま、仕方ないか。
俺は冷蔵庫の中を確認してみる。中には冷凍野菜や合成肉類、真空パックされた鮮魚等が必要分入っていて、(使った分あとで請求されるのだろうか……)等と下世話なことを考えてしまう。
しかし、今は遅い昼飯で、あまり手間暇のかかるような物を作るつもりもない。仕方がないのでパスタでも作ることにして、とりあえず多めにお湯を沸かすとしよう。
「イチイ、料理、出来る?」
「お前ねぇ……俺のこと、何だと思ってるんだ?」
「……ごはん、くれる、ヒト?」
「……外れてはいない、なぁ……。」
湯の沸いた鍋に塩を入れながら食料庫からパスタを取り出し、かなり多めに投入。それから卵黄を幾つか割り溶いておき、ポーション包装された生クリームは別に牛乳で割って攪拌しておく。
傍らでベーコンを刻んでから、熱したフライパンに少量のバターを溶かしてベーコンを投入して炒め、滲み出した油でカリッと焦げ目が付いたらマッシュルームの缶詰を開けて水を切ってフライパンへ……。
「イチイ、何が出来る?」
「ん~?○○○○○○……に、なるかな?」
俺はうろ覚えのレシピを思い出しながら、パスタの茹で具合を確かめる。一本取り出して指先で摘まみ、内口で噛んで確かめてみる。
ん~、もういいか。目で見て芯があるうちに、茹で上がった味を感じられたら完了だろう。
ザルに移したパスタをフライパンに入れて具材を絡め、加熱を控え目にしたら牛乳と生クリームを注ぎ入れてとろみが付くのを待ち、ブラックペッパーとパルメザンチーズ、そして顆粒のコンソメと……隠し味に醤油を一回し……っと。
仕上げに火を止めて卵黄を混ぜてから……完成か。
さて、こんなもんだろう……我ながら悪くない出来だな……見た目だけは。
「イチイ、早く食べよう!カズンお腹空いた!!」
「判った判った……だから裾を引っ張るなって……。」
皿を並べてフォークを準備してくれたカズンだったが、そこまでで限界だったのだろう……ハァハァと息を荒げながらフライパンを持つ俺を急かすカズン。
トングを使って一度皿の上で真上に持ち上げてから、回すように盛り付けてからパスタを離し、トングを抜く。……専門店で提供されればこんな感じ、だったかな?
「やる!やる!カズンもやりたい!!」
パラパラとブラックペッパーを振る俺の袖を引っ張りながら、眼を輝かせてカズンが懇願するので、まぁいい経験値稼ぎか?と思いながらやらせてみることにする。
……べちゃっ、ぐるぐるぐる、ずぼっ、ぴとん。
皿からはみ出す勢いで盛り付け、のの字を書くように回しながら、勢いよく引き抜き、反対側へと垂らして……、
「……カズン、ヘタクソ……お皿、きたない……。」
泣き出しそうな顔で見上げる姿のカズンが可愛らしく、でも少しだけ憐れに思え、とりあえず助け船を出す。
「……そんならキチンと拭いて綺麗にすれば……な?」
「うん!カズンのも、イチイのみたいになった!!」
トングで再度パスタを掴んで回しながら持ち上げて、皿の回りに飛び散ったソースを拭い、多めにパルメザンチーズを振り掛けてみせると、見違える出来映えに満面の笑顔を取り戻したカズン。
こうやって少しづつ、一緒に料理をするのも悪くないな……まぁ、要塞機内でそれを実行するのは……いや、待てよ?
「なぁ、そう言えばこの前、食堂班長が非番の日になら料理で厨房を使っても構わないと言ってたが、カズン、料理やってみるか?」
限られた食材で作る料理に限られるが、必要なのは材料じゃなくて創意工夫だ!が口癖の班長の居る食堂ならば、問題は少ないだろう。
それにカズンの楽しげな姿を見ていると、ただ空を飛んで荒事だけの日々で神経を磨り減らすよりも、彼女にとって実りのある人生になるのは明白だろう。
「うん!イチイといっしょに、料理したい!」
フォークを振り回しながら、ニヒヒ♪と笑うカズン。全肯定の意思表示に気を良くした俺は近いうちにそれを叶えることを約束しながら、
「それじゃ、食べるとしようか?カズン。」
「うん!……いただきます!!」
さしゅ、とフォークを黄金色のパスタに差し込み、ベーコンを絡めながらくるくると廻し纏め、少しだけ持ち上げながら、あーん、と口を開けて迎えるカズン。
……パクッ!と口を閉じてフォークを抜き出してもむもむ……と咀嚼すること数瞬後、へにゃあ……と緩みきった表情を浮かべつつ、ゆっくりと噛み味わい、
「……ふわぁ……卵、おいしぃ……チーズも、おいしぃ……♪」
多幸感に酔いしれた甘々な顔で感想を述べてから、憑かれたようにフォークを廻して次の一口分を確保し持ち上げて、むぁ、とまた口へ……。
見れば卵黄のソースが口の回りに付いてはしたない姿ではあるが、美味しい物に夢中になっている彼女らしい様子に心が和むのは否めない。
「そーか、気に入ったか?まぁ、そりゃそうだ……な?」
種明かしをすれば、食材を眺めながら予めレシピの下調べはしていたのだが、全身義体の利点をフルに活かして料理に挑めば、難易度の高い料理以外なら再現するのは簡単なのだ……間違った活用法かもしれないけれど。
さて……久々の自炊の結果は……カズンの夢中で食べる姿が物語っているけれど、料理の極め手は食べて完結、じゃないか?
宿舎に着いて直ぐにインターフェイスを外し、今は剥き出しの外骨格でいたけれど、食事についてはこの方が楽なのは事実だ。
はむはむっ、と勢いよく食べ進めるカズンを尻目に、まずは一口……カシュッ、と乾いた作動音を響かせて外顎を開き、内側に収納している内口を広げながらフォークに絡めたパスタを送り込む。
……前から思っているけれど、この口で蕎麦等の啜り込む食べ物を食べることは困難じゃないか?と思いつつ、フォークを噛み潰さないようにしながら内顎を閉じて噛み締める……。
生身の頃と変わらない味蕾に感謝しつつ、まろやかなチーズのコク、卵黄の甘味、そして芳ばしい焦がしベーコンの塩味のハーモニーを感じつつ、生クリームの芳醇な味わいで纏められたパスタに酔いしれる……悪くない、いや旨いじゃないか……!
気まぐれで入れたマッシュルームのツルリとした舌触りと、独特の食感は我ながら良いチョイスだったろう。それに粒々としたブラックペッパーのアクセントにより、時にはピリッとした鋭い刺激とカリッと弾けるような感触も加味されて、ややもすればまったりとした全体のバランスをキッチリと締めて頼もしい。
全ての味わいは上手に茹で上がったパスタと見事に絡み合い、気づけばカズンと競うように次の一口、次の一口、と食べ続け、二人の皿からあっという間にパスタは消えて無くなってしまった。
「……カズン、お腹いっぱいだぁ……美味しかったぁ!ありがとう、イチイ♪」
満足げに眼を細めながら、手を合わせて微笑むカズンの言葉は、俺の心に染み渡り嬉しさを与えてくれる。そんなカズンの口元にくっついたソースを手にしたナプキンで拭う。
ぐにゅ、と歪む唇が(いや、今はこの後味を堪能したいんです!やめて、やめてください!)と主張するかのように尖り、むにょむにょ……と左右に揺らされる間、肝心のカズンはされるがままの状態でいたのだが、
「……イチイ……おかえしっ!!」
ぐいっ、と身を乗り出して手にしたナプキンを勢いよく突き出して、外顎に付いていたであろうソースを拭うカズン。
ぎゅっ、ぎゅっ、と硬質な外顎を磨かれながら、生身の頃とは違うことを意識しつつ、それでもこうしてほのぼのとした幸せな時間を過ごせることに、じわりと胸の内が締め付けられるようだ……きっとそれは、二つの感情がせめぎ合って、心の中を占めていたからだろう。
……喜ばしい幸福感と、ほんの少しだけの……罪悪感と。
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食事を終えて皿を洗い、さてこれからどうしようか、と思案していると、宿舎のドアホンが涼やかな音を奏で、来訪者を告げる。
「……はて、誰だ?こんな場所に知り合いは居ないが……」
ドアに取り付けられたカメラの映像には、無人の玄関の様子しか表示されていず、念のために、と扉を開けて外を確認するが誰も居なかった。
何だってんだ?と訝しげながら扉を閉めて振り向いたその目の前に、
「こんにちは、キクチ。お久し振りね?」
……幽霊のように現れたファルムが、そこに居た。
○○○○○○→カルボナーラ。マッシュルームはイチイの即興。お勧めはアスパラやブロッコリー等の野菜ですね、普通なら。それでは次回の地下要塞④をお楽しみに。




