地下要塞②
登場施設・地下要塞→某長野県周辺に存在。二十二世紀末に発生した大陸との局地的紛争時に建造された、強固な日本アルプス山系の岩盤を利用したシェルターを拡充して現在に至る。延べ面積は某テーマパーク五十個分を優に越える。モグラ作戦……?
シェルターとしても機能している地下要塞には、数多くの人々が暮らしている。そこには無機質な避難生活を脱却して、多少の不自由を享受しながら地下空間で生活基盤を築こうと前向きに生きている人々も居た。
「イチイ!アッチは何がある?」
「……ん?おぉ……商業設備……かな?看板出す所なんて、ここ最近見たこともなかったからな……」
カズンの指差す方向には《お食事所》や《食材販売》と言った生活や飲食に関わるテンポが軒を連ねていた。
その先には衣類や小物を商う店舗も見てとれて、少しづつではあっても確かな生活の息吹きが感じ取れて嬉しくなってしまった。
「イチイ、なに見て、ニヤニヤしてる?」
「あぁ、あれを見ててな……なんか、頑張ってるなぁ、って思ってな。……お、服屋だ、カズンの着れる服もあるかもよ?」
そうなんだ!と言いながら俺の手を引いて、行ってみよう!と促すカズン。
嬉しげに微笑みながら、さぁさぁ!と先を急ぐ姿に思わず見とれてしまった……何だか子を持つ親の気持ちを疑似体験しているようで、妙にくすぐったくなってしまった。
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カランカラン……、と来客を知らせるカウベルが鳴り響く店内の奥から、
「いらっしゃい……あら、そのパッチは……兵隊さん?……可愛らしい娘さんだけど……もしかして、シルヴィさん?」
と、現れたのは店の主人らしい同年代の女性だった。
見たところ民間人で、この施設で親族が何らかの職業に従事している等の理由でここに居る、といった風情だろう。
それに身分を明らかにする部隊パッチを一目で見抜く辺りは、もしかしたら軍服関連の業種経験者なのかもしれない。
言われて見れば、売られている衣服もブティック系や生活衣料も多く陳列しているが、武骨な男性用の衣料も揃えている辺りは地域のせいか、それ以外の理由なのか……。まぁ、今はカズンの服選びに付き合おう。
「失礼します……この娘が見てみたい、って言いましてね。……店の中を見せてもらっても宜しいですか?」
俺がその女性にそう告げると、最初は様子を伺うような彼女の表情もカズンが商品を手にしては身体に沿わせつつ、鏡の前で回ったり屈んだりする様子を見て、
「あら、これは失礼いたしました!えぇ、もちろん構いませんわ!……まだ、こうした店も少ないんで、馴染みになってくださるお客さんも数える程だから、大歓迎ですよ?」
言いつつカズンの方に近付き、後ろの棚からつばの広い帽子を手にしてカズンに見せながら、
「でしたら、この帽子なんかどうですか?シルヴィさんは日焼けしやすいから、夏に向けて一つ揃えてみては?」
ぽすっ、と内側から手を入れて形を整えつつ、フワリとカズンの頭に優しく被せてくれる。
「ウフフ……♪、イチイ、カズン、似合ってる?」
少々固いイメージの色合いの服を着たカズンの頭に、レモン色のチューリップハットが被さっていて、その姿はほんの少しだけちぐはぐだったが、弾けんばかりの笑顔の上に載っているのだから、可愛らしさは十二分だった。
「あぁ、悪くないぜ?そうだ、もしよかったらこの帽子に合った服を見立ててもらえないかな?」
男の俺が苦し紛れに選ぶよりも、同性の確かな眼で厳選して貰った方が間違いなかろう。そう思ってお願いしてみると、
「そうですか?私で宜しければ……でしたら、これはどうかしら?」
そう言って店主が持ち出したのは、黄緑色のワンピース。腰回りを帯で細める穏やかなデザインのそれを宛がわれたカズンはくすぐったそうに身を捩りながら、
「イチイ!これ着てみたい!!」
「えぇ、試着なさって結構ですよ?そちらに試着室がありますから……さ、遠慮せずに!」
それから暫くの間、カズンと店主の小さなファッションショーが続き、俺は亜紀との日々にこんな時間もあったよな?と、思い出し笑いをしてしまった。
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「イチイ!カズン、服たくさん!キュウカ、悪くない!!」
カズンは俺に買い物袋を持たせながら、地下要塞の生活居住区の中を歩いていく。量は大したこともないのだが、その種類の多さで袋はみるみる増えていた。
……夏服、靴、小さなカバン、ポーチ、帽子に部屋着に下着にハンカチその他その他……、ん?そう言えば化粧品だけは買ってなかったが……、
「そうだ、カズンも化粧とかはいいのか?」
「……ケショウ?……化粧……なら、肌が剥ける、だからダメ。」
……そうだったのか……確かにシルヴィはみんな素肌のまま……アレルギー体質なんだろうか?
それにしても全員がアレルギー体質だとかは流石に……有り得ないだろうけれど、まぁ仕方ないか。
俺は少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、カズンの後をゆっくりと歩いていった。
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地下施設ではあるが、擬似的とはいえ陽光も射し込み、微風のせいもあって不快感は皆無だ。
二人で歩きながら商業施設が多く並んでいた地域を抜けて、目的地の宿舎へと向かっていると広い敷地を利用した無機質な建物が目立ち始める。
無論それらはこの地下施設の本来の目的……軍事施設としての機能を充たす為建てられたものだろう。企業のマークもなく、ただ控え目に漢字の名称が塀に小さく表記されている。
「イチイ、向こうの建物、何?」
「ん?……あぁ、あれか?……あれは《兵器開発局》かな……何だか随分と簡素な名前だな。」
俺達は長く続く塀に囲まれた、二階建ての白い建物沿いを歩いていた。
《兵器開発局》と言ってもその場所には兵器は無い。有るのは製造専任のAIを設計開発するのが主な業務と言えるだろう。
そうして歩き続けていくと、芝生となだらかなスロープで構成されたエントランスを構えた平屋の一軒家が建ち並ぶ区画が見えてくる。
「……いや、ここか……?しかし住所は確かにここだが……むぅ。」
俺は軍事施設とあって俯瞰視モードを限定的に呼び出して地図情報と照らし合わせるが、番地も合っている……だが、典型的なホテルのような施設を想像していたにも拘らず、到着したそこは豪奢なコンドミニアム、と言った風情だった。
「……昔なら《血税を湯水のように使いやがって!》とか言いそうなモンだな……まぁ、気にしても仕方ないか。」
俺はその一軒家の入り口に歩み寄り、指定されていた認証コードを頭の中で復唱しつつタッチパネルを操作して画面を呼び出し、既に登録されていることを確認してからパスワードを直接入力する。
《ご到着御苦労様でした。菊地直也、カズンの両人を認証いたします。サイボーグ用のアクセス認証をお願いします》
掌を画面に押し当てながら認証確認のコードを頭の中で呼び出し、脳波認証コードを登録する。サイボーグには指紋も顔認証も出来ない為、個人認証には脳波を用いることが不可欠だ。これなら偽造も盗用の心配も要らない。
「俺は終わり……カズン、次はお前だから画面に掌を当ててくれ。」
「……うん!…………はい、こう?」
小さな掌を押し当てながら振り向き、様子を伺うカズン。
「俺が認証するんじゃないよ……まぁいいや。ちょっと待っててくれ……」
彼女の代わりに認証モードを操作して確認し、毛細血管認証を登録して終了。これで二人ともこの宿舎を利用する間はキーレスで出入り出来る……筈だ。
「さ、入ろう!……お腹空いたよ~ッ!!」
扉を潜り抜けて足早に中へと入るカズン。俺はその後に続きながら宿舎の間取りや調度品を眺めて、暫し後に思わず溜め息を漏らしてしまった……。
「……何なんだ、こりゃ……豪華過ぎるだろ……!?」
部屋の間取りは三部屋で、広々としたリビングと寝室、そして大きなバルコニーに面しソファーを配した一部屋と、ジャグジー付きのオープンバス……下手なリゾートホテル顔負けの白を基調とした調度品は上品で、リビングにはバーカウンターを模したキッチンが隣接していて、キッチンの冷蔵庫には食材と酒類が当たり前のように詰め込まれていた。
自炊設備が整った宿舎で二人は何を見て、何を行うのか……?次回地下要塞③へと続きます。




