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シルヴィの世界

登場人物→菊地 直也(イチイ)。一応主人公。自ら志願してサイボーグ適応検査を受け、全身義体に。アラフォー。

     カズン。シルヴィ。一応ヒロイン。自ら志願して副操縦席に陣取り支援及び攻撃魔導でお役に立ちます。銀髪から黒髪に……。



 「まぁ、こんなところで話すのは何だから、場所を移さないか?」


俺は立ち上がり、話し合いの場をラウンジから少し離れた談話室へと促す。


「そうですわね……ここでは落ち着いて話も出来ませんわね?よいでしょう。エスコートして頂けますか?」


絹の手袋をスッ、と外しながら俺に向かってしなやかな指先を差し出すファルム。その姿は実に堂に入ったもので、一瞬気後れしそうになってしまうが、気を取り直しその指先を掴み、


「仰々しいな……まぁ、客人を招いたのはこちらだろうからな?俺でよければ……だがな。」


立ち上がりながら、彼女の脇に立って先へと進む。

さぁ、ここからが正念場、って所か……。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……驚いたな……。菊地一尉の言った通りだぜ……。」


【……当たり前だ。こちらは俯瞰視モードを入れっぱなしでモニターし続けてきたんだ。釣り針に魚が掛かる瞬間を見逃したら大馬鹿者だぜ?】


俺はファルムと対峙しつつ、、機内無線で会話しながら歩いていた。

会話の相手は要塞機の通信担当要員のチーフ。平時は監視カメラ画像の解析と言いながら覗き見紛いを繰り返すどうしようもない奴だが、やはり餅は餅屋だ。

俺が事情を説明して監視カメラから赤外線装置、果ては温度感知や重力センサーまで総動員して事態に備えろ、と忠告しておいたのが効を奏したか、彼が異常に目を光らせていたお陰でこうしてモニタリングに成功したのだ。


【……やはり、空気中の質量までは誤魔化せなかった、て訳か?】


「あぁ……最初は全く気付かなかったけれど、あんたのタバコの煙で空調センサーが動き出した所までは普通だったのに、突然清浄器が停止した辺りから精度を最大まで上げた結果がこれさ……」


俯瞰視モードに再度アクセスすると、俺の周りに漂っていたタバコの煙が一瞬虚空へと吸い込まれ、その周りだけが《空気・クリーン化終了》の表示を示す青い状態になった瞬間、その空間の情報を固定して周囲との相違点を解析、その空間に大気より大きな質量を持った()()が居ることを監視装置に強制的に認識させた。

その結果、その地点の相違点に【正体不明(アンクノウン)】のタグを付けることが出来たのだ。


「今のところ、不確かな存在がそこに居る、とは判っているんだが……まるで研究中のステルス迷彩並みだぜ……?しかし、その皇竜種って奴はどんな姿なんだ?」


【むぅ……巨乳で美人、おまけに紫色のスリットの深いドレスで……さっき脚を組み替えした時はチラッと赤い布地が見えたぞ?お前には見えてないのか……】


「クソッ!!お前だけ眼の保養とか許せねぇ!!……羨ましくなんかないぞ、きっと……」


……正直な奴だ、馬鹿だけど。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「さて……まずは何からお話いたしましょうか……キクチさん?」


談話室の扉を閉めて椅子へと促すと、彼女はゆっくりと腰掛け、形の良い唇を吊り上げながら、艶然と微笑む。


「……そうだな、それじゃ、あんた達の落とし所……撤退の条件は?」


戦う相手に聞くようなことか?と思いはしたが、俺は当事者だが統治者じゃない。聞き難いことなんて有りはしない。


「なんとまぁ……夜伽に焦る若君でもあるまいに……フフ♪……最初は互いの文化や文明の違い等を語りながら次第に打ち解けた後、と思っておりましたのに……?」


ファルムはやや驚いた風に返しはしたが、拒絶はしなかった。ま、そりゃそうだろう……想定内って訳だ。

しかし俺は相手の出鼻を挫く切り出し方に終始する、と決めていた。


……何故かって?理由はある。相手のカードは《情報提供の見返りに有利な停戦の提案》だろうが、俺……いや俺達のカードは《秘匿兵器の投入回避、そして停戦の受諾》だ。秘匿兵器……ってのは置いておいて、停戦の受諾は人類にとっては疲弊し切った人々にとっては重要なことだから……。


「こちらは最初の大攻勢を受けて人口の九割を失った。……もう、失うのは御免だ。もし、そちらが殲滅戦を選んできたなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


「まぁ、怖いこと……鋼の翼、灼熱の雲、鉄の雨……あなた方が用いる武具は我々非力な生身の生き物相手にとって、全てが致命傷ですわよ……?」


ファルムは口許を手で隠して大袈裟に身を震わせながら、こちらを上目使いで見てくるが、まだまだ余裕綽々、といった所だ。


「それはお互い様さ。しかし、今と昔では随分と様相は変化してきているのは承知しているだろ?……詳しく話すつもりはないが、現状の損耗比率は半年前の開戦時から大幅に変化している……ま、それはあんたらが一番良く判っている、と思うがな。」


「……そうですわね……確かに、今は我々の方が犠牲が多く、戦果に乏しいわね。このままでは負けなくても勝てはしないわ……。そうそう、ところであなた方は我々が何故、シルヴィを追ってこの世界にやって来たか、御存知かしら?」


……実は、これこそが人間側にとって最重要なのだ。

正直言えば、こいつらの目的が例えばシルヴィ達だったとしたら、俺達はいいとばっちりだ。もしそうならば、即急に手を打ってシルヴィ達を保護しなければならない。まぁ、保護に関しては既に大半を確保しているのだが……。


「……では、それを含めて、まずは我々の……【風の種族の年代記】をお話しましょうか……」


言い終わったファルムは不意に立ち上がり俺に近付き、見慣れない喫煙具を取り出して煙草に火を付けた。


……フーッ、と煙を吐き出した瞬間、その煙は俺にまとわり付き、周囲との壁のように立ちはだかり……何だか様子がおかしい……?


「……おいっ!!菊地一尉ッ!!モニタリング出来ないぞっ!?いや、それどころじゃない!アンタの識別コードまで【正体不明(アンクノウン)】って表示され始め……」


俺は通信担当チーフの言葉を遠くに聞きながら、ファルムの眼の光を吸い込まれるように見つめ続ける自分を意識しながら、次第に希薄になる精神の…………








✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



……ようこそ、キクチ。私達、【風の種族の世界】へ……。


ファルムの声に気付いて目覚めたが、俺の身体は存在しなかった。

視野は標準的な固定状況、とりあえず俯瞰視モードを選択しようとするが、《ネットワークにアクセス出来ません》の味気ない反応のみで早々に諦める。


……残念ながら、この空間ではあなたは異界からの訪問者として、生者でも死者でもない存在になっているの……生憎だけど、暫くの辛抱ね……。


ファルムに諭されて、仕方なく傍観者として振る舞うことにした。意地を張って追い返されても意味はないからな……。


「そうよ?素直が一番……心配しなくても、ちゃんと帰してあげますから……」


心の中までお見通しか。まぁ、それが判っているとしても構わない……さ、始まりのチャイムでも鳴らしてくれないか?


「もう……馴染み過ぎよ?まぁ、今はその方がいいですけれど……」


突然目の前に実体化したファルムの姿は、さっきのドレス姿とはうって変わって純白のワンピース調で、見た目からの印象もガラリと変わった清楚な雰囲気だ。


「誉めても何も出ませんからね?……さて、先ずはずーっと昔のそのまた昔……」


視界に映る大平原……広大な草原の各所に小さな集落……いや、もっと小規模で、簡素な住まいの集合体、といった見た目の家が小さく纏まっているのが眼下に見える。雲の間から見える程の高所から見下ろしているからか、遠くまで見渡せるが地平線の彼方まで見回しても同様の小さな集合体しか確認出来ない。


「……ご覧の通り、シルヴィ達は長い間、文明や文化からかけ離れた食料採集型の原始的な暮らしを続けていたわ……」


ファルムの声は下等と見下げる訳でもなく、どこか懐かしげに慈愛の篭った温かさを感じるものだった。


「……そうね、確かにこの頃は、争うこともなく、大地の恵みを分け合いながら穏やかに暮らしていたかもね……季節に寄り添い、増え過ぎもせず、減り過ぎもせず……。」



眼下の集合体に小さな異変が見えたのは、眼下の景色が秋から冬に変わった頃だった。

遠くに見えた無数の霞みから、俺にとっては決して忘れることはない、じわりと滲むような黒い裂け目が現れて……そこから翼を羽ばたかせながら押し寄せる者共が迫って来るのが見えた時だった。


「えぇ、その通り……あれは飛竜種……そして、その元凶こそが【初代の竜帝】よ……。」


竜帝?……もしかしてソイツがシルヴィ達の言う《支配者》って奴か?


「支配者……そう……その通りよ。【初代の竜帝】は、この風の世界に現れた異邦者だった……でも、シルヴィ達の運命を司る程の力の持ち主であることは、間違いなかったわね。」


視界に点在していた集落はあっという間に燃え盛り、そこから女のシルヴィだけが引き連れられて、長い列を作って集められていく。

その列には……男の姿は皆無だった。


「……今となっては、【初代の竜帝】が何者だったのかは判らないけれど、ともかくシルヴィ達の受難の日々はこの時から始まったわ。……男のシルヴィは狩り尽くされて、残るは女のシルヴィだけだった……。」


……つまり、この時からシルヴィは竜帝の軍門に下った訳か……。


「そうね、確かにこれを境に男のシルヴィは姿を消したわね。……代わりにこの世界でシルヴィの盛衰を決められたのは、唯一竜帝だけだったってとこね。」


「竜帝は自らの魔力を集結し、飛竜種を増やし異なる大地から種族を飢えさせないように収奪を繰り返させて、自分の領土、そして権力を確実に増やしていったわ。」


そこまで一気に捲し立てられた直後、視界に巨大な城塞が現れて天へと伸び、そこかしこから飛竜種が忙しなく飛び出しては群れ集い、雲の彼方へと消えていった。


「……そう、竜帝は自らの子孫を成熟したシルヴィとの間に作り、それら()()()()の飛竜種を従えて……」


ち、ちょっと待て!!……飛竜種ってのは、竜帝とシルヴィ達の間に……産み出されたってのか!?


「……残念ながらその通りよ……【初代の竜帝】が権力の維持と、そしてシルヴィ達を従わせる為に顕現させたのが……飛竜種、そして寵愛を受けたシルヴ達の中でも有能な風使いのみが、代々【シルフィード】と呼ばれてきたのよ。」


シルヴィにシルヴ、それに【シルフィード】か……まぁ、実に叙情的な話だな。


「……そうね、叙情的、とも言えなくはないわね。その後、【初代の竜帝】が没してからは、その子孫が跡を継いで支配を続けて今に至る、ってとこだわ。」


……なるほどな。しかしシルヴィ達が逃げ出したからと言って、飛竜種を大挙して攻めよらせるのか………余程逃げられたことが腹に据えかねた、ってことなのか……?


「流石にその真意は私には判らないな……あっ!?……そろそろ貴方の世界に戻る頃合いだから一つ忠告しておくわよ?……あなたが多分一番よく知っている【シルフィード】は……《シルヴィの束ね主》と呼ばれているアイツよ……?」


何だと……?《シルヴィの束ね主》ってのは突然変異で現れた高い知力を有したシルヴィ、じゃなかったのか!?


「何を思ってそんな触れ込みを通しているのかは判らないけれど……奴は十人と居ない【シルフィード】の一翼……()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ?……余り無闇に信じないほうが無難、と忠告しておくわ。」


……信じるな……と言われてもな……っ!?……ぐぅ……意識が……遠退く……、


「それじゃ、またいつか会いましょうかね……?さよなら、キクチ……。」


俺は急速に目覚めへと促されて……次第に強くなる光の方へと吸い寄せられながら、その世界から薄まり消えていった……。

       

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



気が付くと、蒼白い人工的な光の下でベッドに横たわる俺を見下ろしていた。その周囲には幾人ものスタッフが動き回り、サイボーグの身体ならではの方法で救命処置を進める様子が見てとれた。

一人の女性が首の後ろにコードを繋げると一瞬後に胸の中心が両側に開き、カバーされた代用臓器が露出する。


即座に彼女は傍らに置かれた蘇生用微細動器(AED)を臓器に直接押し当てて傍らのスタッフに眼で合図する。


……ドンッ!……一拍置いてモニターに映し出される心電図を見るが、全く変動は無い。


「もう一度よッ!!……離れてッ!!」


ドンッ、と脈打つように四肢を痙攣させるが、心肺停止(フラットライン)のまま、微動だにしない心電図が光る室内。


ピー、と平坦な音が鳴り響き、慌ただしく動き回る医療班のスタッフが対応に追われている。


「……もう一度ッ!!……義兄さん、()()()()()()()()


涙を浮かべながら手に持ったAEDを擦り合わせ、開放された胸部プロテクターの下の剥き出しの合成心臓に押し当てて、再び医療スタッフに合図の目配せをする。


「……サンッ、ニィ、イチッ!!……お願いッ!!」


……ドンッ、電磁パルスを受けて蠢く身体と裏腹に、心電図に変化は無い。


俺は……それを傍観者の立場で見下ろしている。あぁ、人間はこうやって死ぬんだなぁ……。


……亜紀、じきにお前に……会いに行けそうだ……。

俺……敵討ち、出来たのか……沢山、飛竜種を殺して、殺して……最後は、こんなに……呆気ないのか……?


次第に薄らぐ意識の隅で、必死に呼び掛ける人の中に……、


「イチイッ!!……バカバカバカバカッ!!死ぬな死ぬな死ぬな死ぬなッ!!ご飯の時間だよッ!!」


……あぁ、こいつも居るんだ……握り拳を必死に叩き付けながら、罵詈雑言を喚き散らす……えぇっと、……誰だっけ?


「イチイッ!!また飛ぶの!!いっしょに……飛ぼうよぅ……、またぁ、とんでぇ……ごはん、たべようよぅ……」


黒い髪の毛の……色白の……誰だ……こいつは……?


「……カズンの、パートナーはぁ……イチイだけ……なんだもん……」


……は?カズン?俺の知ってるカズンは銀髪だったぞ!?

見下ろすその髪の毛は、記憶の中でも稀な程の濡れ羽色の美しい黒髪だった……だから、なんで……





「……だから、なんで……お前の髪の毛は、真っ黒になってるんだよ……」


「イチイッ!!起きたッ!!遅いよッ!!」


「えっ!?……し、心電図は!?……嘘、動いてるよッ!!義兄さんっ!!」


俺の間の抜けた質問は綺麗にスルーされたまま、処置は続けられていった……。

カズンはその間、ずっと俺にすがり付いていた。




……後で知ったことだが、ファルムの声も姿も当然ながら一切記録には残っていなかったが、彼女が唯一存在していた証の鱗だけが手の中に残されていた。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「……カズン、俺……ファルムに連れられて、お前の故郷に行ってきた……みたいなんだよ。」


処置室のベットの上に横たわる俺の脇で、すがり付いたまま眠りこけるカズンの頭を撫でてやる。


波瑠曰く、談話室で倒れた俺が運ばれて来た後、必死の救命作業が続けられる中、処置室に駆け込んで来たカズンが怒り狂いながら呼び掛け続け、最後には自棄になりながら魔力を流し込もうとしていた……らしい。

まぁ、客観的に見て、波瑠の懸命の処置と、カズンの呼び掛けがあったから……だろうな。


……体調が改善したら、報告しに機長室に行かねばならないが……正直、面倒くさい。


こいつの祝勝会と、チンイェンエニグマコンビの結成祝いに水掛けちまったかな……?



さて、これからは飯テロ頻度が上がります。理由は「そのつもりだったから」程度ですが。次回「地下要塞①」へと続きます。

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