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それではいただきます。☆

登場人物→エニグマ。凍結保護されていたシルヴィ。パートナーと悲劇的な別れを経験し自らの内へと引きこもる。元々は酒も嗜む大人のシルヴィ。身体的な特徴は余り無い(おいこら)。

     ドロシー。搭乗員見習い。シルヴィ。未だ発展途上。見た目も中身もお子ちゃま。ストレートの茶色い髪の毛、前髪パッツンがチャームポイント。



 「イチイ!!やっと来た!!早く解放してぇ~ッ!!」


カズンのただならぬ物言いに俺は一瞬戸惑うが、それがただの杞憂に過ぎないことに直ぐ気付き、思わず苦笑いしてしまった。


軽微な怪我程度ならその場で処置出来る、簡易救護室を兼ねた搬送所の真ん中に、ストレッチャーからベットへと移されたカズンの身体の剥き出しになった腕には二本の点滴用針が固定され、ポトッ、ポトッ、と透明、そして黄色の薬液がそれぞれシリンダー内に滴っている。


細い腕には左右とも各一本づつ、紙テープで固定された点滴のチューブが付けられている為に確かに身動き出来そうにはなく、目を覚ましてまだ時間が経っていないからか、掛けられていたシーツも乱れてはいない様だ。


けれど普段から落ち着きある方ではないカズンのことだから、俺が来るまで行き交う医療担当員に懇願し続けていたのだろう、俺と同様に苦笑いしている彼等の顔色からずっとこの調子だったのだろう。


「酷いんだよ!寝てる間に、針刺されて、チューブ取っちゃ駄目だって!もうお腹空いたよぅ~ッ!!」


「あぁ、菊地一尉、お疲れ様です。……カズンさんは、まぁ、御覧の通り、すっかり元気になりましたよ……いや、本当に。」


俺は精神的に疲労しただろう担当員に礼を、そして慰労の言葉を言いながら点滴が栄養剤とビタミン剤であと十分程度で終わることを聞き、


「カズン、早くそれを外して自由になりたかったら大人しくしてろよ?そいつが外れたらエニグマとチンイェンの歓迎会をするらしいから、それからは嫌って程飯にありつけるからな?」


それを聞いて初めて入り口に立つ二人の姿に気付いたのか、しかめっ面に八の字だった眉毛が弛緩すると同時に表情を綻ばせて、


「エニグマ!!久しぶり!!チンイェン!ご飯いっしょ!!」


思わず声に出して言った為、チンイェンは、私はご飯じゃありませんから……と困ったように笑い、エニグマもつられて笑いながら、


「お久しぶり、カズン。早く、外せるように、大人しくして、ね?」


歩み寄りながら手を伸ばし、カズンの銀の髪の毛を優しく撫でながら、慈しむように、……大丈夫、カズンも、私も……。と呟いた。


すると何か伝わるものがあったのか、落ち着きを取り戻したカズンが枕に頭を預けたまま、俺に向かって、


「……でも、カズン、イチイが来るの、判ってたから、心配はしてなかった……よ?」


とだけ言い、むふ♪と笑って目を瞑った。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「要らない!車椅子……カズン歩ける!!」


ベット脇に置かれた車椅子を見ながらカズンが不満げに言うものの、俺は黙ったままカズンをヒョイ、と持ち上げてソッ、と車椅子へと座らせる。

結局されるがままに移されたカズンは暫く恨めしそうに俺を睨んでいたが、諦めが付いたのか、はぁ……、と溜め息を吐いたあと、


「もぅ……仕方ない、カズン、お腹空いてるから、大人しく言うこと聞く……」


とだけ言い、サーボモーターで遠隔操作され動き出した車椅子の上で諦めた様に目を閉じ、従うことに決めたらしい。


「そうそう、そうやって大人しくしてくれれば早く美味いモノに……ん?どうした?」


言いかけてカズンの視線の先を見ると、皇竜種であるファルムの鱗を仕舞ったポケットを凝視しているのに気付いた。

その目付きは緊張感を伴い、若干の怯えと恐怖を感じさせる物だった。


「イチイ……そこ、皇竜種、居ない?」


たった一枚の鱗から、何らかの気配だか魔力だかを感じ取り、過敏に反応するカズン。……成長の兆し、なのか何なのかは判らない。に、しても皇竜種だと断定するとは……。


「あぁ……居ないけれど、確かに当たってはいる。……これだろ?」


カズンにファルムの鱗を見せる。もしや取り乱すか、とも思ったが一瞥してホッ、としたように表情を弛緩させながら中空を見詰めつつ、


()()()()()()()()()()……でも、前よりも、怖くなかった。……何でだろ?」


「さぁ……と言うか、何でだろ?って言われて答えられる訳がないだろうに……さて、もうじき到着するが、寄る所があるからそこに先に行こう。」


と言った俺の言葉の最後を聞いて、カズンは不満げに頬を膨らませる。


「えぇ~!?カズン、おあずけ、キライだなぁ……。」


「そう言うなって……ほら、すぐそこだよ。」


カズンは指差す場所が小さな喫茶室……二十四時間飲物や軽食を自販機で買えるスペースの扉だと知って、怪訝な顔をする。


「イチイ……ここ、食堂、違うよ?」


「違うって……待ち合わせなんだよ。……お待たせ、チンイェン、エニグマ。」


そこには通常の衣服、つまり待機時のフライトスーツとは違い平服姿のチンイェンとエニグマが、テーブルを間に座って待っていた。


「イチイ、カズン。行きましょう。ね?チンイェン。」


【そうですね。……カズンさんも随分待ちわびているみたいだし……何と言うか、ねぇ?】


チンイェンは黄緑色の、やや大人しめなスリット入りのチャイナ服。そしてエニグマはシルヴィ達が好んで着ている丈の短めのブラウンの貫頭衣(ローブ、とでも言うのか)、そしてオリーブ色のスラックス姿。


「チンイェン、綺麗な格好!エニグマ、似合ってる!」


カズンの正直な感想に、二人ははにかみつつも満更でもなさそうだ。見ているこちらも悪い気はしない。


「さ、急いで食堂に行こう。……それにしても、二人とも歓迎会だって随分張り切った格好じゃないか?そんなに堅苦しいものじゃないぞ?」


【いや……一応は無理を言って延長してもらった手前、キチンと挨拶するのが礼儀かと……違いますか?】


俺は彼女が真っ直ぐ且つ実直な性格なのを実感し、いい女なんだな、と思う。確かに彼女の父親が空母の艦長を務める位の人格者であるし、その年の離れた娘には良い所が流れている、それは確実なんだと理解できた。


「ま、言いたいことは判ったよ。とりあえずうちの腹ペコに餌を与える時間だから、勿体振らずに行くとしよう。……だろ?」


「カズン、エサ違う!!ご飯だもん!!」


不貞腐れ気味のカズンをからかいながら、食堂の扉の前に立ち、


「ま、百の言葉よりも今は一杯の飯だ。……さ、行こうか?」


遠隔操作の車椅子からカズンを抱き上げて立たせると、俺は三人に先に入るように促しながら扉を開けた。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「カズンちゃん!活躍ご苦労様!!」

「チンイェンさん!お疲れ様!」

「エニグマさん!おかえりなさい!!」


口々に讃える言葉で迎えられながら三人は食堂へと(いざな)われた。

そこには要塞機に勤務しているほぼ全ての人員が一同に揃い、普段なら決して手にすることのない酒を掲げ、既に赤ら顔で盃を干した不届き者すら居る中、出迎えられたのだった。


広い食堂狭しと集まった人々。要塞機の機長や管理職、裏方に徹する整備要員や補給担当員、果てはドローンのメンテナンス係や兵器改良担当の技術者等の滅多に行き交わない者や警備係の強面まで揃い、しかし全員が笑顔でやって来た面々を歓迎してくれていた。


「エニグマさん、ずーっとモニターしてきて、いつかこうやって……元気な姿を見られることを夢見てきて……私、その……すっごく嬉しくて……ッ!」

「エニグマ……ドロシー、エニグマみたいに、早くなりたい!」


感極まりながら花束を差し出しているのは、彼女担当だった看護担当の女性職員、そして搭乗員見習いのシルヴィのドロシー。眼鏡をかけた若い女性職員の方はいつもの白衣ではなく、薄黄色のスーツを纏いながら涙ながらに語りかけ、並び立つドロシーは小柄なシルヴィの中でも更に小さく頼り無げだが、今日はピンクのワンピースで可愛らしい。


「チンイェンさん、なんていうかその……初めてやって来た時はちっさいけど、凄く上手い操縦する人なんだなぁ……って感心して……なんていうか、ようこそ、って感じです!!」


不器用な言葉遣いながら、しかし真摯な態度で口にしているのは管制担当の若者で、いつも軽口を叩く奴だな、等と思っていたけれど、見るべき所は流石は専門家だな?と感心してしまったり、


「カズンちゃん!お腹空いてるだろ!?今日は色々あってキチンと食べてなかっただろうから、早く座って食べてくれよ!そんだけの料理は揃ってるから心配要らないからな!?」


毎度お馴染みの食堂の面々が、手に手に料理を持ちながら誘惑の魔手を差し伸べて来る。いや、それは反則だろう?食い物で釣るなよ!?


「さ!菊地はおいといて早速コイツを食べてみてよ!なぁ、旨そうだろ?」


食堂の班長が手にしているのは、○○○○。毎度お馴染みの料理にポン酢を足した大根おろしをかけたシンプルな料理だが、香ばしい揚げ物に酸味の効いた大根おろしが載っただけで全く違う料理になる……って、俺は良く食べているから判るけれど、カズンの反応は果たして……ま、好き嫌いないから食べるのはハッキリしているが。しかも、班長が手掛ける料理にハズレは無い。確かに無い。


子供の握りこぶしより大きめで、それが沢山の人々の前に並ぶ皿の上に山盛りに……いや、この量は有る意味……明日からの糧食に不安が残るんだが……。

その巨大な○○○○にフォークを突き刺して、


「……あむぅ……カシュッ、て歯ごたえ……でも、じゅわあぁって、きて……うん!……おいしっ!!」


うん、予想通りの好印象のようだな。確かに揚げたてのサクッとした歯応えの後に、じゅわあぁ……と沁み出る肉汁と、ポン酢の爽やかな酸味が脂っぽさを中和してくれて味わいを淡白にすることにより、いくら食べても食べ飽きない好感触に繋げていく、ってとこか?


「……これ、サクサク。……それに、サッパリ……ご飯でも、お酒でも美味しい……♪」


エニグマ、手にしたビールを美味しそうに飲みながら、さっくりした衣の場所を噛み締めて一口飲み、さらにおろしポン酢が沁み切ってしっとりとした所を口の中で堪能してから、また一口飲み……俺、シルヴィが酒飲む所を初めて見たかも。


【○○○○って、うちの国でも食べるけど……この組み合わせって新鮮かも……酸っぱいのって、珍しくないのに……これは初めてです!!】


チンイェンは酸辣湯(スーランタン)が代表するような、酸味の有る味付けにも慣れているだろうけれど、これは初体験だったようだ。

使っている材料はありきたりだから、母国でも再現し易いと思うよ?


「さ、もう一つは……極細パスタの和風ペペロンチーノ!ま、食べてみれば一目瞭然だから!」


差し出された一皿に、目を輝かせながら手を伸ばし、フォークを突き刺しクルクルと回して巻き付けてから、


「……あむぅ!!……もむ、もむもむ……っ!?…………ッ!!」


無言ながら目を瞬かせて硬直し、噛み締めつつ目を閉じてうっとりと余韻に浸りつつ味わいを堪能するカズン。

でも直ぐに感極まったかの如く何度も頷きながら飲み下し、へほぉ……、と嬉しそうに溜め息吐くカズン。


そうやって味わいながら、繊細なパスタに一見似合わなさそうな醤油、ニンニクそしてバターの組み合わせのハーモニーに酔いしれていく。

極細なのでボリューム感に欠けるかと思いきや、その濃い目且つパンチの効いた香り高いニンニクとバターの風味……そこにシャキッとしたキャベツの歯応えと塩味の効いたベーコンがいいアクセントになっていて、食べ飽きない。

ついつい食が進むのだろう、取り分けた分があっと言う間に無くなってしまい、カズンの表情がションボリとした瞬間、


「ハイ!お代わりお待たせ!!麺が細いから茹で上がり早くて直ぐに出せるのさ♪さ、ジャンジャンお代わりしてくれていいぞ!!」


後ろからトングで鷲掴みにされた追加のパスタが、これでもかっ!!と言わんばかりの勢いで盛り付けられ、即座に食らい付き、


「うんむぅ!!…………むぅ!!……」


「だから喋らなくていーっての……喰うか喋るか、どっちかにしてくれないか?」


その他にもアミエビのかき揚げ等、時折目にする要塞機名物の料理の数々や、オーソドックスな塩味の効いた加工肉(缶詰入り)料理、そして野菜不足を補うユーグレナを使ったスイーツ(これは言われなければ判らない秀逸な出来映え)等々……。


押し迫る料理の津波に翻弄されるがままのカズン、気が付けばかなりの量のビールを当たり前のように消化していくエニグマ、そして周囲からの質問責めに目を白黒させているチンイェン……主賓は忙しそうでなにより、か。


俺はいつの間にか突入していた狂乱の宴の会場を後にし、離れたラウンジ状のスペースの椅子に腰掛けて、燻煙タバコのスイッチを入れた。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……こんなところで一人っきりなんて……そんなに孤独を楽しむようには見えないのだけど?」


「いや、あの空間でカズンの御守りをしていると、自分が浮いているって感じしか……って、え?」


会場に居なかった波瑠かと思い、返答したつもりで振り返ると……そこには見馴れぬドレッシーな妙齢の女性が立っていた。

絹の手袋まで身に付けている上に、深紫色のドレスは胸元に丸い切り欠きを大胆にあしらいながら、長い丈とスリットで上品な装いに纏められている。


長い黒髪を銀の髪留めで纏め、襟足やうなじも美しく整えられたその姿は、夜会に参じた上流階級のご婦人と言われれば素直に信じてしまう程。


「……その、えぇと……どちら様で?」


「あらぁ?嫌ですわぁ……キチンと先約入れておいたのに……つれない御言葉ですこと……フフッ♪」


そう言いながらその女性は俺に近付くと、ポケットから鱗を抜き取り、胸元の切り欠きへと宛がう。


……スッ、とドレスと一体化した鱗を見た瞬間、その女性が俺に言い放つ。


「罪作りな男ねぇ……空の上で会った時は冷たく接しておいて、こうして馳せ参じてみれば少しは温もりを持って出迎えてくれる、かと期待に胸を弾ませて来たのに……」


言いながら身を捩ると、豊かな胸元も一緒に弾んで捩れ、確かに目のやり場には困るのだが……、


「俺はあんたと話はしたい、と言ったが別にデートに誘ったつもりはないんだぜ?……()()()()()()()()()()よ?」


「あら?又々つれない御言葉……いつも幼女とばかり接していたから、男性機能が退化しているんではなくて?」


痛烈な皮肉を口にしておきながら、ホホ……♪と口許を手で隠して笑う姿は芝居がかったご婦人そのものだったが、


「……監視カメラの画像に写らない上に、直視画像の識別コードが正体不明(アンクノウン)じゃ不審者としか思えないんだがな?」


「まぁ、それはガッカリ……てっきり《皇竜種》って表記されているかと期待していましたのに……ま、その名前は只の肩書きに過ぎないから、私は嫌いなんですけれども、ね?」


やれやれ……波瑠といい、カズンといい……俺は暫くの間は女性に絡まれる役回りを演じないといけないのか?


目の前に腰掛けながら足を組み、妖艶な笑みを浮かべるファルムを前にして、その相手の真意を計りかねて俺は暫くの間、立ち上る煙だけを眺めていた。



挿絵(By みてみん)

答え→ポンから。ポン酢と大根おろし、そして唐揚げのハーモニーを御堪能あれ。突然現れたファルムと菊地の大人の駆け引きの行方は……?次回「シルヴィの世界」へと続きます。

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