皇竜種とサイボーグ
登場人物(?)紹介→ファルム。皇竜種。独身。戦闘機並みの速度を誇る一つ上の飛竜種。いや飛竜種とは既に言えない存在。
【……見つけた……成熟したシルヴィ……】
俺は即座にその声が頭上の皇竜種から発せられたのだ、と理解した。……だが、ならば何故、襲いかかって来たりしない?
飛竜種なら間違い無くブレスレールガンを吐きながら殺到し、仲間が殺されようとも怯むこと無く最後の一匹になろうが攻撃を止めたりはしない。
しかし、今居る皇竜種は距離を取りながら積極的な行動をしてこなかった。
だからこそ、俺はその理由を知りたくなった。
【……悪イガ、ウチノシルヴィハアンタガ気二入ラナイラシイ。用ガ無イナラ消エテ呉レナイカ?】
【……驚いた、シルヴィの言葉が使えるのか……?】
俺の感情的な言葉使いも全く意に介さず、皇竜種は見下していた相手からの予期せぬ発言に興味を引かれたようだ。
【久し振りにシルヴィがシルヴになったようだから様子を見に来たが、擁護するどころか言葉まで理解出来るとは、なかなか興味深い。お前自身が解読したのか?】
シルヴ、と言う聞き慣れないフレーズ、そしてシルヴィ達の言葉が喋れることへの皇竜種の反応……まだまだ知らなければならないことが山積みのようだ。
しかし……その皇竜種、さっきから定位置に着いたまま全く攻撃してこない。値踏みするにしても……時間を掛け過ぎと思うが?
【……シルヴィノ言語ハ協力的ナ者ト共二成シ遂ゲラレタ。俺ハ関係ナイ。】
【成る程……ところで、こちらは食糧事情が安定しているのか?その兵器は食糧争奪に用いられることがあるのか?】
……何?兵器を使って食糧争奪?…………まさか、とは思うが……いや、しかし……シルヴィ達の能力と、アンバランスな容姿、それに疑似冬眠……。
【……ソレハ今スグ返答出来カネル。時間ガ有ル時二詳シク説明シテヤルガ?】
【フフ……見た目に違わず交渉上手だな?まぁ、それも一理有るだろう。よかろう、いずれまた会った時に詳しく聞くことにするか。】
俺は自分の交渉力に自信はなかったが、相手の興味本意に依り、余計な戦いをせずに済みそうだ。
しかし、つくづく皇竜種、と言う奴の考えが判らない。優位者特有の余裕からなのか、焦る様子も見当たらず、ただ知的探求の虜として自由闊達に振る舞っているだけにしか見えない……。
【それにしてもお前のその姿……他の連中と比べても私達に近いのではないか?……だが、その容れ物に対して……混沌とした魂だな……混ざり物だらけでよう判らぬ……。】
【ソウカ?ソレガ人間ト言ウ生キ物ダガ?ソレニ……ン?……混ザリ物?】
俺は最後の言葉に引っ掛かった。確かに全身義体は混ざり物かもしれないが、混沌とした魂、とは一体どういうことだ?
【……また会う時に教えてやろう……と、言いたい所だが勿体ぶるのもつまらなかろう。お前の身体の中には持って生まれた魂を芯にして、機械と魔導が螺旋のように絡まり合っている。……魂に機械は溶け込み、魔導は上掛けされて張り付いて……な。】
【溶ケ込ミ……張リ付イテ……螺旋ノヨウニ……】
皇竜種の眼には、呟く俺の様子が面白く映ったようだ。巨体から想像も出来ない程の軽やかな飛翔で一瞬後にはキャノピー越しに俺の顔を覗き込む程の至近距離まで近付くと、
【お前はニンゲン、だったか?……お前達のように現界と異界と言う両端の世界の片側のみで生きる連中は、大抵ならばどちらかのみの存在とだけ接する。だから成長も早いが寿命は短い。我々のように世界の両方を渡り歩く者は成長に時間が掛かる分、長命だ。……だが、お前はニンゲンでありながら歳を重ねぬ機械の身体を持ち、魔導の使い手と交わって異界の息吹きを間近に見続けて来たからだろう、三つの要素を併せ持っている。】
……間近に……確かに何もない空間から氷の結晶が飛び出したり、大気が一瞬で凍結したり……魔法、って奴をあれほど間近で見ていれば……、そうか、有り得ない事象を目の当たりにし続けていれば、向こう側に身を置くのと同義、って訳だ。
俺は……気付かないうちに、有り得ない事象と寄り添って過ごして来たのかもしれない。
【……さて、そろそろ帰らないといけなくなった。……私の方にも都合は山積みだ。世知辛い話だが、報告を怠ると言い訳の効かない立場なのでな。】
回りくどい言い回しだが、報連相、ってのはどの環境にも有るようだ……皮肉抜きで笑えてしまう。
【……ナラバ、又イズレ話ヲシヨウ。……俺ハ菊地 直也。シルヴィ達カラハイチイ、ト呼バレテイル。】
【イチイ……フフフ……、お前、イチイの意味を知っているのか?】
可笑しそうに笑う皇竜種の言葉の真意を図りかねていると、向こうから教えてくれた。
【……イチイ、とは我等の言葉で《愛しい人》と言う意味だぞ?……全く、見た目と違って色男なのだな……私はお前をキクチ、と呼ばせてもらうとしよう。……では又……会い見舞うことを楽しみにしようぞ……そうそう、忘れぬように、証拠を残しておくとするか。……私は《ファルム》。誇り高き皇竜種の一翼。】
そう言うと、現れた時と同じように、《世界の継ぎ目》を潜り抜けて、姿を消していった。
俺は反射的にブラックボックスの会話記録を確認してみたが、その中には一切の記録は残っていなく、ただ雑音と会話の終始を示すザップ音だけが残されているだけだった……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
《……菊地一尉!!無事だったのか!?》
俺は突然飛び込んできた無線の言葉で我に帰り、周囲を見回した。
後方から迫る友軍機を示す個別信号を表示する戦闘機、それは同型機を示していたが、パイロットの項目には《未登録》の味気無い三文字だけ、だがそれはチンイェンの声だった。
「……あぁ、無事だとも……心配かけて済まなかったな。……ん?その機体に誰か他の搭乗員がいるのか?」
複座式のBDは単独でも操縦することは出来るが、識別番号には二名を表す【tandem】の表示が出ている。しかもその表示の後には【E】の文字……E……?
「……まさか、Eってのは……エニグマなのか!?」
「エニグマ……私のこと、そう呼んでくれるパイロット……懐かしい……菊地一尉……ですか?」
シルヴィ特有の言い回しだが、どこか年季を感じさせる声色は、間違いなくエニグマの声だった。
「……驚いたな、まさか、チンイェンとエニグマが共に居るなんて……。」
俺はそう呟きながら飛龍改二に戻る方向へと機首を向けた。
ひとまずカズンを安全な場所に戻して楽にしてやらないと可哀想だ。
チンイェンとエニグマの乗る機を従えながら、自機を帰還させる為に緩やかに反転させて、俺は戦闘終了を無線で報告しながら巡航速度へと引き上げる。
機体に反射する陽の光は夕焼けの色を帯び、地平線間際の巨大な雲も同じように燃え上がるような色彩に染まっていた。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
飛龍改二の格納庫に収納された自機のコックピットを洗浄させる為にカズンを抱き上げながら降りようと、タラップに足を掛けたのだか、操縦席の真下……いや、キャノピーを固定するパッキンの隙間に薄く平べったい何かが挟まっていることに気が付いた。
手に取るとそれは、一枚の紫色の鱗だった。
……皇竜種のファルム、その名前を忘れさせたくなかったからか、それとも所謂目立ちたがり屋だったのか。
それは彼女と俺が言葉を交わした確かな証拠……無言でそれをポケットに仕舞い込み、カズンを楽にしてやる為に格納庫から立ち去った。
勿論そろそろタイトル詐称は終了しますよ?次回「そろそろお腹が空く頃ですよ?」へと続きます。




