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今日のご飯は?(加筆修正)

登場人物→菊地 直也。全身義体のサイボーグパイロット。身体の大半を義体化済み。


カズン。菊地 直也のパートナー。シルヴィ。ご飯の為に今日も飛ぶ。



 


 《……ザーッ、…………チイ、…………在位置…………、ザーッ》


「……無線が効かないな…………カズン、そっちはどうだ?」


 俺は頭の中に直接響く途絶え気味の音声に耳を傾けながら、後部座席のカズンに尋ねる。今日も視界は良好……もっとも雲海の上ならばどこも視界良好なのだが。


「イチイ、飛竜種、居ない、カズン、そう思う。」


 片言は変わらないが、以前とは少し違うニュアンスを含んだ言い方で返すカズン。彼女は相変わらず言葉に間接詞が乏しいが、時たま異なる言い回しをするようになったのだ。


 コンビを組んで四ヶ月が経過して、二人でこうして哨戒と索敵を続けて来たのだが、最近のカズンは目に見えて変化が現れて来た。


 まず一番の変化は、栄養状態の向上によって体格が良くなってきた。少々下世話な言い方になるが、年端も行かぬ幼女にしか見えなかった彼女が背丈も伸びて、ややふっくらとした女性的な体型になり始めてきたのだ。


 そして言語の変化と共に目に見えてその知能も変化の兆しを見せ、今までは単純な足し算や引き算も理解できなかったのが、二桁の掛け算割り算を理解し数式として回答出来るまで成長していたのだ。これは彼女を分析してきた検査官が「ここまで短期間で変わるのか?」と驚く程なのだから、俺の一方的な思い込みではないと言えた。



「……イチイ、ご飯……まだ……ね?」


「お、おぅ……そうだな……し、周辺警戒、頼むぞ?」


「ハイ、イチイ。カズン、見張ります。」


 時々、何が切っ掛けになるのかは判らないけれど、幼さの残る見た目にそぐわない程の色気を伴う時があり、ハッとさせられる。異世界の時間経過がこの世界とどれだけ違うのか判らないし、カズン達の実年齢と環境との因果関係はまだ不明なことの方が多い……そもそも、シルヴィ達のことは未知の事ばかりだし。



「イチイ、周りに飛竜種、居ないです。」


 カズンの感応能力は、最新式レーダー並みかそれ以上の精度を誇り、視界外に発生している《異界との接点》を感じ取り、微弱な魔力から飛竜種達も相手より先に探知する。唯一の欠点は体調、特に空腹時に著しく精度が落ちることだけだが。


「そうか……それじゃ、周回コースに乗って警戒レベルを一段階下げて帰ろう……衛星走査だってたまには誤報の一つ位出すさ。」


 俺はカズンにそう告げると【暢気(のんき)なお散歩コース】と揶揄される周回コースに進路変更し、眼を瞑った。周回コースは度重なる警戒飛行が重複する箇所で俺達以外も頻繁に飛行する為、飛竜種と遭遇する可能性が著しく低い。その為に【暢気なお散歩コース】と呼ばれている。ここまでくれば雑談に熱中しても……問題はないと思う。



 「イチイ、今日の食堂、何が出る?」


 「う~ん、たぶん【○○○○○】なんじゃないか?」


 「……?」


 小首を傾けながら、不思議そうな顔をするカズン。バックミラー越しに見えるカズンはやや大きめの防護ヘルメット姿で、無機質かつ武骨な機内には全く似つかわしくない。……しかし、綺麗な華が生けてあれば誰だって和むと言うものだ。敵の居ない時ならば、緊張が解れるのは悪くない。居ない時は、だが。


「そう、○○○○○。飛龍には培養槽が有るから活きの良いアミエビが採れるし、まだまだ野菜も枯渇していない筈だから……旨いと思うよ」


 頭の中の《食堂日替わりメニュー一覧・四月》を眺めながら俺はそう答える。巨大な飛行要塞の飛龍は、多数のパイロットと整備要員を賄えるだけの食料を搭載して何ヵ月も飛行出来る。洋上の空母並みの積載量、そして遥かに上回る機動性を誇る飛龍は、俺とカズンの住まいと言っていい所だ。


 「それ、カズン、食べたこと、ある?」


 「アミエビを収穫するまでの期間が有るから、まだカズンは食べていないな……増殖させて一度培養槽が一杯になってからじゃないと、食用としないんだ。コップに溢れる水と同じなんだよ。」


 改良型のアミエビは、機内で出る有機廃棄物を食べて短期間で増える。その速度は三日で産卵出来る程に成長し、草食性なので共食いもしない。おまけに食べて美味しい……とあって、長期警戒任務に欠かせない動物性蛋白質の供給源。ちなみに植物性の方はユーグレナ……ミドリムシだが。


 「……それ、どんな、味?」


 「ふむ……タマネギと三つ葉、ニンジンそれにアミエビ。それを粉で纏めて揚げるんだ。揚げ立てをタレに浸すとジュワッ、ていってな……それを熱々のまま、タレを掛けた白飯に載せて……」


 言ってるこちらの方が味を想像してヨダレが出てしまう。大混乱の最中に失われた味も多い……評判だったチェーン店なんて壊滅的どころか絶滅している現状であるし、そもそも戦えない非戦闘員はシェルターでの生活を余儀なくされて、配給の食料で命を繋いでいる人々が大半だ。俺達のように食事の予想等、今時は贅沢の極みかもしれない。だが、生きていれば食わねばならないし、食うなら旨い物の方がいい。


 「イチイ、それ、カズンもいい?」


 「今夜の日替わりに入っていたら食おう。きっとカズンも気に入るぞ?」


 「ハイ!カズン、食べます♪」


 パチン、と手を叩きながら元気よく宣言するカズンの姿に、思わず頬が弛んでしまった。食うことに関しては人一倍旺盛なカズンである。もし食う以外にも何か旺盛なことを見つけたら、等と考えてみるが……バックミラー越しに見えるカズンの姿は身体を左右にリズミカルに揺らしていて、【早く!早く!ご飯はまだですか!?】と尻尾を降る犬のようだった。



 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 型式名称・NFX-02【ブラックドラゴンⅡ】。制式名称《脊髄反射対応型長距離複座戦闘機改弐》。……略称・BD・tow。


 俺とカズンの乗っているこの戦闘機は、世界でも類を見ない【多数のセンシング機器と衛星との相互リンクによる超広範囲俯瞰視】を可能にし、そしてパイロットの義体化による操縦形態を全自動化……つまり飛行機の形をしたパワードスーツと言うことだ……変形したりはしないが。



 俯瞰視、と言うのは判りやすく言えば、【頭の中に立体的なマップがあり、そこにミニチュアの飛行機が飛んでいる】映像が流れ続け、いざ戦闘になれば【空中を飛ぶ飛竜種が表示されて、お互いの位置関係を眺めながら空を実際に飛びつつ確認出来る】のだ。眼にはキャノピー越しの実際の景色は見えているが、頭の中に立体地図、そして衛星と長期定点監視ドローンを使った外部からのモニター映像も補助的に認識しながら飛んでいるのだ。


 しかし、この戦闘機の最大の特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことにある。自慢じゃないが、俺は大災害以前の職業はトラック運転手……当然ながら飛行機全般の運転経験は無いし、それどころか軍務従事の経験すら無い。今では笑い話だが、最初の頃は何故飛行機が飛べるのか理論的に説明することすら出来なかった。そもそもトラックより重い物が飛ぶなんて信じられないだろ?今でも大して判らないことだらけだが。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 今日は接敵もなく警戒飛行を終了した。以前の俺ならば落胆に震え、憤りを(あらわ)にしながら帰還しただろうが、カズンと飛ぶようになってからはそんな感情は鳴りを潜めている。義理の妹の波留(はる)に言わせれば「人間辞めるのを辞めて人間らしくなったんじゃない?」ってとこなんだろう。


 妻の葬式は空の骨壺に彼女の写真を入れて、黙祷して終了した。その直後に俺は義勇軍に加入した。復讐の為だけに。


 設立当初の義勇軍は、飛竜種の猛攻から民間人をシェルターに避難させる為の移動手段を確保する役目が大半だった。だが避難が進むにつれて義勇軍内部から自衛の為の戦力確保が必要だとの意見が高まり、護衛任務を主とする戦闘要員の募集が始まった。避難用の車両を運転していた俺は即座に適正試験を受けた。結果は【次期主力戦闘機との相互リンクへのアクセス回路】が容易に繋げられる体質とのこと。適正は良好……ただし、それはあくまでも試験の上での話であり、本採用となったら端末機埋め込み手術、そしてそれを活用する為の脳核増強手術が果たして成功するかどうかは……また別の話だとか。



 とにかく適応性は合格した俺は、脳に非接触端子を繋げる手術を施され、生まれ変わった。見た目の変化は無かったが、技師によると俺の頭蓋骨の裏側にはナノマシンによって作られたアクセス回路がびっしりと列び、経過も良好だったようで「被験者の中では一番乗りかもしれない」と評価された。まぁ、嬉しくもないが。


 しかしこの技術を体感したのは専用のデバイスを搭載した乗用車を運転した時で、手放しどころか目を瞑ったままでも、車載カメラの映像が脳内で理解出来て気味が悪かった。そのまま道路情報とカメラの映像のみを頼りに暫く走り続けて戻った時は、緊張感からの解放と情報過多による疲労で車から降りるのも容易ではなかった。


 今ではカズンと談笑しながら半自動運転も簡単にこなせるが、航空機操縦を始めた当初は悲惨だった。速度だけでなく高度や方位も著しく変化する状況に付いていけず、何回もブラックアウト(高い重力や遠心力で脳に行き渡る血液が不足して昏睡状態に陥ること)になって強制終了を余儀無くされたものだ。


 ただ、自分以外にこうした特殊な脳改造を受けた人間は数える程しか居なかった為、焦りはなかった。ただ、無為の時間を過ごして復讐の機会を取り(こぼ)しているのでは?と不安にはなった。



 結局、まる一ヶ月間の大半を機器操作に費やして、習熟訓練は満了した。因みに最後の模擬戦では五対一の局面ながら一方的な勝利で終了した。熟練のパイロット相手に「背中と天空の極みに眼が付いているような」機動を繰り返して全機撃墜を果たしたのだから、誰も文句を付けようがないだろうが。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 「イチイ、飛龍が、見えてきた!」


 視界の端に見えた小さな点が、次第に楕円形のシルエットになっていき、その全容を(あらわ)にする。


 飛龍改二、と呼ばれる空中要塞は、第二次世界大戦時に作られた航空母艦の名前を戴いた空飛ぶ前線基地である。


 様々な自動化を施されて、運用に必要な乗組員はたったの三十人程度で事足りるのだが、搭載された戦闘機や局地戦機等を整備する人員とパイロットを含めて最大三百人が乗り込み、憎き飛竜種を駆逐する為に必要な整備を日々続けている。

 彼等の活躍により、俺達は愛機の性能を極限まで出し切って対飛竜種戦を続けられるのだ。……そして忘れてならないのが、後ろのカズンの胃袋を文字通り支えてくれている食堂勤務員達。彼等の活躍により、俺とカズンはこうして楽しみを共有しながら日々生きていける訳だ。



 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 【格納アーム固定完了……任務終了です。お疲れ様でした。】


 ディスプレイに表示される文字に目を通しながら、ふと気付く。格納庫内にいつもの整備員達は居るのだが、妙に浮き足立つ、とでも言うのだろうか……彼等の動きに違和感を覚えた。


 「……只今戻りました……何かあったのか?」


 いつものように偵察任務の記録を納めたメモリを担当管理者に手渡した際に訊ねてみる。すると彼は受け取ったメモリを携帯しているタブレットに読み込ませながら、直ぐに返答してくれた。


 「……そうか、あんたは入れ違いになったんだな?……凍結されていたシルヴィが自発的に目を覚ましたんだよ!!おかけで飛龍の中はえらい騒ぎになってな!」


 その言葉を聞いてカズンは突然俺達をすり抜けるように避けながら走り出し、搭乗員用のエレベータへと向かっていく。その速さはいつもとは全く異なり、突風に舞い上がる木の葉のようだった。

 俺は思わず声を掛けようとしたのだが、一瞬の躊躇によりその言葉を飲み込む。もし、自分も同じような状況になったとしたら、きっとカズンのように全てを忘れ駆け出していただろう。


 先行するカズンを追い掛けていくと、狭い通路の先に沢山の乗組員達が群がる一角に突き当たった。そこは《重隔離区域》の入り口で、その前には緑色の制服を着た警備要員達が口々に担当部署へ戻れと捲し立てていた。

 その一番後ろにカズンの細い身体が所在無さげに揺れているのを見つけ、肩を叩いて気付かせる。


 「……ッ!……イ、イチイ……向こうに、エニグマ……起きたッ!!…………。」


 振り返ったカズンは眼の端に涙を溜めながら、俺に抱き着き華奢な身体を震わせて泣き始める。そんなカズンの肩を抱きながら、俺は《重隔離区域》の分厚い隔壁を、ただ見つめることしか出来なかった。



 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 食堂の端で俺とカズンはコーヒーとココアを啜っていた。互いに何も語らず、何も口にせず、ただ、俯きながら一定のリズムに従って、振り子のように。

 カズンはココアの入った器を手に持ちつつ、それを見つめたまま、ゆっくりと口に運び、ゆっくりと飲み込み、ほぅ……、と吐息を出しながら。

 俺はカズンのペースに任せて消化されていくココアを眺めながら、ココアの減る速度に合わせて、コーヒーを飲み下していく。



 「……エニグマ、イチイみたいな優しい人と、一緒に飛んで、一緒に死にたかった、そう言ってた。」


 沈黙を破ったカズンは、エニグマと呼ばれていたシルヴィについて、ぽつぽつと語り始める。いつもと変わらぬ語彙だったが、考え考えて話しているのが手に取るように判る。彼女はエニグマと呼ばれていたシルヴィと一緒にこの飛龍にやって来て、先に搭乗者を決めた先輩後輩の間柄だったらしい。それは知っていたが、シルヴィ同士でそんなことを話していたとは……知らなかった。


 「エニグマ……、飛竜種狩り尽くしたら、オヨメサンになる、っていつも言ってた。優しいダイナさんの、オヨメサンに……。」


 ダイナ……木村・大那、だったか……この飛龍で最初にシルヴィとコンビを組んだ搭乗員だ。彼は俺より若くて聡明で……俺とは違った生粋のパイロット……そう、無改造のパイロットだった。

 経験豊富な若きエリート、そんな略歴がピッタリな彼は、三人のシルヴィの中で一番最初に人間とコンビを組み、大空を駆け巡っては華々しい戦果を挙げていき、記録と記憶共々に残る戦歴を()()()()()()



 ……そう、彼は……エニグマを生き残らせる為に自らを犠牲にして、大空に散ってしまったのだ。

 搭乗機に不調を抱えたまま偵察任務を続けた二人は、飛竜種と長時間に渡るドッグファイトになり、弾薬が尽きエニグマも体力の限界を迎えたその時、エニグマを一瞥しながら……緊急脱出用の射出トリガーを引いてエニグマだけを脱出させたのだ。


 交戦ログには何かを口走りながらトリガーを引いて、エニグマだけでも助かるようにと脱出させた後、彼だけを乗せた搭乗機が飛竜種と刺し違えるかのように交差し、機体が四散した直後までを記録したブラックボックスのみを残し、彼は空の彼方へと永遠に消えてしまった。


 それから地上救助要員に依って回収されたエニグマは、外部との交流を一切遮断したまま自分の殻の中に閉じ籠り、凍結処置を余儀なくされ今に至る、ということになった。

 その彼女に変化があった、と言うことは……近いうちに《新しいパートナー》が現れる、と言う兆しなんだろうか?



 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 俺はそうしてカズンの話に付き合っていたが、彼女が舟を漕ぎ始めて眠ってしまったので、カズンの部屋へと抱き抱えるようにして運んだ。


 寝台に横にして部屋を立ち去ろうとすると、


 「……イチイ、カズン、ひとりぼっちに、しないでね……」


 そう呟いたので、頭を抱き抱えながり俺は簡潔に、


 「心配要らないよ……俺はカズンを、ひとりぼっちになんてしないから、さ。」


 カズンの耳元で囁くと、目を閉じたまま嬉しそうに微笑みながら、カズンは眠りに落ちていった。



 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 翌朝、俺は体内時計の電気信号で叩き起こされる。暫く後に意識がハッキリすると共に、微妙な違和感を感じ、狭い部屋を広く見せる意味合いの強い窓を眺めてみた。

 まず位置が違う。俺の部屋は突き当たりに窓がある筈なのにここは寝台の横に有る。


 「……イチイ、それ、カズンの肉団子……ですぅ……んふぅ……」



 ……それに何故かカズンが居る。


 その瞬間、俺の意識は急激に覚醒し、昨夜の状況を思い出した。

 寝かしつけたカズンだったが、部屋を出る為に立ち上がった俺の袖を掴みながら、「ひとりぼっちにしないって、言った……イチイの、ウソつき……」と涙目で訴えてきたので、仕方無いから寝台の下に腰掛けてカズンの頭を撫でて居たんだったな……。

 寝間着替わりの短パンにランニング姿のカズンは、ややもすると発展途上の様々な場所がはみ出しそうで困る。


 ……いやいやそれよりも今はこの状況を何とかせねばならん!!


 カズンの居住区は女性専用の区画の入り口近く。俺は保護者みたいな役割だから、彼女の部屋のパスワードは知っている。

 だがそれはそれ、万が一の誤解の元になるなら俺はカズンの部屋から一刻も早く離脱を図らねば……。


 ……いや、そうじゃない!ここは覚悟を決めて【起こしに来ました!これから朝御飯をカズンと取りに行きます!】といった体の方が良さげな気がしてきたぞ……。


 俺はそう覚悟を固めて、ひとまずカズンを優しく揺り動かして起こし、耳元で「昨日食べ逃したご飯を食べに行こう」と囁いた。




 「……イチイッ!!ご飯の時間ッ!!ですぅ!!」


 ガバッ!!と起き上がったカズンはランニングの肩ヒモをずり下げたまま寝台から飛び降りて、そのままの勢いで洗面所へ駆け込みバシャバシャと水音を響かせブァ~ッ!とドライヤーを使った後、シャカシャカと歯磨きの音を響かせて、ブクブクペッ!と手短に浄め、


 「イチイ!準備終わった!朝御飯ッ!」


 長い前髪を脇に撫で付けてバレッタで止めながら、そう叫びつつ部屋の外へ走り去って行った。



 戸締まりを済ませた俺は、通い慣れた食堂ののれんをくぐると、


 「イチイ遅い!!早く座る!!」


 勝ち誇ったように鼻息を荒げたカズンが、自分の向かい側の席を指差してバンバンとテーブルを叩いて促してきた。

 食い物の恨みは中々に根深くなりそうだったので、ここは素直に従うつもりだ。



 「ごはんの前に……カズン、その、エニグマのことは……平気なのか?」


 「ハイ!……エニグマ、きっと……起きたら、ダイナ居ない、知って……だから、カズン、一緒にご飯して、一杯お話しします!」


 お、おぉ……何とも頼もしいお言葉で。今朝のカズンは何だか一回りお姉さんになったみたいだな……バレッタで髪を纏めてイメージ変わったからか?それとも成長の兆しってとこか?


 「イチイ!ご飯来た!取ってくる!!」


 いち早く注文を済ませてたのか?立ち上がり颯爽と受け取り口に向かうカズン。


 「……はい!これとこれ……カズンちゃんのは特盛ね……はい!」


 ……な、何だと……!?朝から激しいぞ……。


 にこやかに微笑みながら、お盆に載せた二つの丼……片方は蓋が閉じずに中から具材がはみ出している。

 だがもう片方は、その具材の量が倍、そして下の白飯も倍……つまり、はみ出したご飯の上にうず高く積み上げられた二杯分の具……やり過ぎだろ?


 「イチイ!食べよ!!……いただきますぅ!!」


 カズンはハシュッ、とスプーンを具材に差し込み、そのまま蓋へと持ち上げ載せて、サックリと揚がったそれを軽く割り、大雑把に崩して端っこからかぶり付く。


 ざしゅっ、かりかり、もくもくもく……、


 「んふん……、……イチイ、サクサク!おいしい!!」


 それを噛み砕き飲み下しながら、カズンは気に入ったらしくまた一口分を取り崩して、今度はタレの染みたご飯と共に口へと運ぶ。


 小さめな口を目一杯広げ、あむっ!と勢い良く頬張り、あむあむあむ……良く噛んで……、飲み下し、


 ほぅ……♪と、小さく吐息。そしてやや潤んだ瞳を煌めかせながら、


 「イチイ!ご飯にもコレにも甘いの掛かってておいしい!!甘いの、何!?」


 「ん?たぶん煮詰めダレ……じゃないか?今じゃなかなかお目にかかれないけれど、東京浅草界隈じゃ、揚げ物って言ったらコレがだいたい掛かってるもんだな。」


 カズンはもう一口頬張って、美味しそうに味わいながら眼を細めていたが、ふいにトーキョー、アサクサカイワイ……と呟いてから不意に、


 「カズンもそこ行ってみたい!イチイ、いつか連れていって?」


 俺はその言葉を聞きながら、複雑な心境になってしまった。何故かって?……カズン達が来なければ、東京は東京のままだったけれど、シルヴィ達の大転移がなければカズンとは出会えなかった訳だ……勿論、灰塵と化した東京にも数え切れない犠牲者が眠っている筈だが。


 そんな気持ちが知らず知らずのうちに顔に出ていたのか、カズンは俺の方を眺めながら少しだけ気遣うようにしつつ、


 「イチイ、やっぱり、無理?……だったら、いいです……。」


 「なーに気にしてるんだよカズンちゃん!!トーキョーなんて昔はごちゃごちゃしてて物価は高いし人も車も一杯で窮屈な街だったよ!!」


 食堂(そう呼んではいるが組織の都合上、実際は糧食給仕室が正式)の奥から班長がカズンに向かって気さくに声を掛ける。


 「……そう、なんですか?」


 「おー、おー!勿論さ!だからカズンちゃんがわざわざ東京に行かなさくても、ここで旨いもん、一杯出してやるからさ!なぁ、菊地?」


 「あ、あぁ……そうだとも!だからカズン、今は心配したりはせずに、旨いもん沢山食わせてもらわんとな?」


 明るい笑い声に包まれたカズンは、照れ隠しにまた一口頬張った後、

 恥ずかしそうに……少しだけくすぐったそうにして、


 「イチイ、美味しいね♪……カズン、ココ来てよかった♪」


 笑みを浮かべながら特盛を順調に減らしていく。

 俺も自分の丼に向き合うことにして、箸をつける。サックリと良く揚がっていて、衣もべちゃっ、とはしていず軽やかそうだ。

 口元に近付けると、揚げ物と甘辛いタレの香ばしい香りが漂い食欲を掻き立てる。


 端にかぶり付くとざくっ、としていながらホロホロと口の中で解けて心地よい塩梅で、揚げ油に菜種油を使っているのか脂もの特有の重さも無い。

 衣に絡むタレは艶やかな色合いに似合った黒糖と醤油の甘辛さ、そして濃い香りが心地よい。


 衣に隠れているが主役のアミエビも鮮度の良さからだろう、鼻に抜けるような香ばしさに溢れているし、ニンジンやタマネギの甘さや三つ葉の爽やかな香りも実に良く合っている。

 それらが一体になってタレの染みたご飯と合わさると……カズンではないが、身悶えする程に、実に美味い。これ程のは……久々かもしれない。


 ペース良く食べ進めるカズンを眺めながら、これなら特盛も有りだったかもしれないな……と、遅まきながら考えていた。



今日のご飯→かき揚げ丼。

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