流行り
流れが比較的穏やかな川の岸に、老若男女様々な世代の人間が集まり、足元に転がる手頃な石を拾うと、対岸に向かい一心不乱に投げている。
世はまさに空前の水切りブームであった。人々は近くの川辺に押し掛け、水切りに興じる。人の手から放たれた回転の加わった無数の石は、水面を何度か跳ねてから、対岸の数メートル手前で失速して水中へ消えた。
何度跳ねるかを競い合う者、黙々と自身の腕を磨く者と楽しみ方は多様である。
そんな中、石を投げていた一人の若者が、何気なく隣で石を投げている老人に聞いた。
「すいませんお爺さん、これは一体、何が楽しいのでしょうか?」
若者の問いに、老人は怪訝な表情で答えた。
「君は変わっているな。深くを考えてはいけない。周りの皆がやっているからやる。皆の一緒という、そこからくる安心感、心の平穏、それは変わり者ではないという証明。それでいいではないか。流行りとはそういうものだ」
「…そういうものなんでしょうかね」
どこか腑に落ちない若者が、再び水切りを再開しようとしたその時、近くから、「それ面白そうだね」と声が聞こえた。声のした方を見ると、子供の集団が所々に生えた雑草を屈んで抜いている。
その光景に触発された周囲の人間達は、水切りを止め、我先にと雑草を抜き始めた。
若者の隣の老人も、
「水切りなど止めだ。これからは草抜きブームだぞ」
と若者に言い、新しい玩具を与えられた子供の如く、草を抜き始めたのだった。