裏
「……ん……うん?……?」
何かに呼ばれたようなそんな気がして彼は眠気の残る目を擦りながら体を起こした。
(……どこだここ……?)
……意識が覚醒し始めた彼は最初にそう思った。
その彼の目には見慣れた街並みが映し出されていたが、彼の耳が感じ取った音は風が吹くことで起きる微かなものだけだった。
(妙に静かだな……人もいないし……。……そういえば僕は何をしていたんだっけ?)
暫くの間、彼は思いだそうと必死に頭を捻っていた。だが彼の思案は思わぬ形で遮られた。
『あなたは死んだのです。』
その声に反応して上を振り仰いだ彼は思わず息を呑んだ。
その声の主は……彼の数メートル上で浮いた状態で見下ろしていた。
「何を驚いているのですか?……まぁ今この世界に訪れたばかりの貴方は驚いて当然ですね。」
そう言いながらそいつはゆっくりと目の前に降りてきた。目の前に降りてきたそいつは『人の姿をした』生物だった。
その生物は人より長いマズルと首を持ち、紫の瞳に緑の髪、純白の翼、そして顔から尻尾にかけてまで鮮やかな青色で彩られており、お嬢様が来ているかのようなワンピースを着ていた。
「ここに予定者が来るのは随分久し振りですね。何年振りでしょうか?……いや、それを自問するより先にこちらからですね。……何から話しましょうか……。」
そう言いながらそいつは近づいて来たために彼は異形の者から逃げようと後退りを始める……が、直ぐに後ろにあった車に背中をぶつけてそれ以上退がれなくなった。
「とりあえず落ち着きなさい……。」
そう言いながらそいつは右手を差し出すとその手から光が飛んできた。
その光は彼の額にゆっくりと吸収されると一瞬で体を包み込み、消えていった。
「よし、これで大丈夫でしょう。……そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私は竜族のフレア。あなた方人間の間では『ドラゴン』と呼ばれている種族の一種に当たります。」
「……ドラゴン……。」
「それで?」
「は?」
彼は目の前のドラゴンーーフレアが自己紹介したあとに意味深に短く聞いてきたので思わず聞き返してしまった。
「な・ま・えですよ。あなたのお名前を聞いているのです。」
「……あ、あぁ、すみません。僕は名桜勇気です。」
フレアは近づけていた顔を溜め息を付きながら離した。
「勇気さんですね。分かりました。とりあえず説明したいことは沢山ありますがそれは私の家でやりましょうか……そういえば、あなたの泊まる場所も私の家になるんですけど……」
それを聞いた勇気は何の躊躇いも無く頷いた。
「あの、フレア……さん?よろしく……
「フレアでいいですわ。あと敬語も必要ありませんわ。」
初対面だしとりあえず挨拶だけでも丁寧にと思った勇気だったのだが、どうやらそれは余計なお世話だったようだ。
「分かり……分かった。じゃあこれからよろしく、フレア。」
「あ、え、ええ。よろしく勇気。」
どうやら自分で提示したがそれでも恥ずかしいようで少々頬を染めていた。
「さて、それでは行きましょうか。」
そう言うとフレアはその純白の翼を羽ばたかせ飛び上がった。しかし、勇気はそこで重要なことに気付いた。
「オォーイ!とりあえず飛べない僕を運んでくれー!」
「!?」
既に空中にいるフレアに勇気は大声で呼びかけた。勿論それに反応したフレアは急いで降りてきた。
「そ、そういえば貴方は人間でしたね……翼も無いのに飛べるはずもありませんしね……アハハ」
恐らく素で忘れてたみたいだが今はそこは突っ込まないでおこう……そう思った勇気だった。
「し、仕方がないですね……ほ、本当はやりたくはないのですが……。」
そう言うとフレアはこちらに背中を向けて屈み込んだ。
「な、何?」
「わ、私が……乗せて行きます………は、早く乗ってください!」
フレアは頬を真っ赤に染めながらも語尾を荒げて催促する。
「……ありがとう。」
ちょっと可愛いと思ってしまったせいで勇気の口からはそれぐらいしか言葉が出なかった。