ファイルNo.2 真夏の夜の夢 35
キクはあまり長い文章を打たないので、どうしても巴が一人で話すことになる。
胸に引っ掛かっている何かは、抜けそうになかった。それでも、巴は満たされるものを感じていた。
おやすみと言って、別れたのは十二時をとっくに回っていた。
制服をようやくTシャツと短パンに替えて、布団に潜り込む。
母親はもう寝たのだろうか。父は帰ってきたのだろうか。もう今日になっている。
お誕生日、おめでとう。言われたのは、何年前になるだろう。
――お誕生日。おめでとう。愛美お姉さん。
巴は、眠りについた。
*
巴はその日も普段通りに生活し、六時間の授業を終えて一旦家に帰った。ランドセルを置いて、服を着替える。
半ズボンと半袖の開襟シャツで、制服を着ているのとあまり変わらない。財布に三万あるのを確かめて、小さなリュックを背負うと家を出た。
出かける前に、キッチンに寄って冷蔵庫のミネラルウォーターを少し飲んだ。
洗うのが面倒だったのか、シンクに残ったままの母の使っていたグラスが、昨日の名残を留めている。
母は、仕事にいったのだろうか。
今朝、学校にいく際巴は、会社に出勤する母親とかち合わなかった。二日酔いで、欠勤したのか、それとも遅刻して出勤したのか。
家には相変わらず人の気配はなかった。
デパートに行った巴は、プレゼントにするには何がいいかと売り場を渡り歩いた。
愛美がどんなものに興味を示すのか知らない。
女性にはアクセサリーが喜ばれると言うが、装飾品のことは――ことも分からない。
自分なら何が欲しいかと思ったが、余計に分からなくなった。
別に欲しい物などない。
迷った揚げ句、巴は結局芸もない花にした。
花屋に入った巴は、花を買うのも初めてで、目に付く花をあれもこれもと頼んだ。
色も種類もバラバラで、まとまりがなくなくってしまったが、店員さんは流石にプロで、可愛らしい小さなブーケに仕立ててくれた。
電車に乗ると、乗客の視線が巴に集中した。花束なんて持っている所為だ。
こういう時こそタクシーを利用すればいいのだと思ったが、運転手と世間話をするのも嫌なので、これぐらいのことは我慢できる範囲だと思い直した。
マンションに、歩いていったのは正解だった。
別の道から現れた見覚えのある車が、マンションの前の来客用の駐車スペースに止まった。ドアを降りてきたのは、地味な色のサマースーツを着た女性。
西川だ。




