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ファイルNo.2 真夏の夜の夢 32

 パソコンが欲しいので貯金を下ろしてもいいかと親にねだって以来、親に何かが欲しいと言ったことはない。

 その頃は、SGAとの関わりもなく――SGAという会社自体がなかった。

 巴はごく普通の、そこら辺に転がっている知能指数の高いだけの子供でしかなかった。

 ネットをきっかけに、巴の未来は変わってしまった。

 思えば妙なことになったものだった。もし彼に会わなければ、綾瀬と知り合うことは永遠になかった訳だ。

 タッチタイピングも、コードの書き方もクラッキングも自作PCの作り方も、全て彼から学んだ。今はもう死んでしまった人だが。

〈分かる分かる。何をどう勘違いしたものか、平仮名も漢字変換されて、お経みたいに漢字ばっかりズラズラ並んだりしてさ。ローマ字で打ってるのに、なんかで当たったのかかなになってて、訳の分からない記号が出てきたり。やってる内にさ、慣れてくるし。本人の癖みたいなのも覚えて、特殊な変換とかもしてくれるから。〉

 先輩面をする自分が、おかしくてたまらない。

 孤独でもオタクでも、やっぱり巴はパソコンが好きなのかもしれなかった。

 何だか、あの男に似てきたのかも知れない。彼も、口下手な癖に、自分の好きなこととなると熱心に目を輝かせていたっけ。

 キクのOKの返事を、巴は天啓のように受けた。

 サイトを覗くと、ナオリンとメンフィスがまだ喋っていた。エージの名も見える。

 いつも使っているチャットルームは、大部屋みたいなもので、素見の人間でも覗くことができる。主にゲームと雑談用だ。

 日によって時間によって、色んな人間が顔を出す。常連は決まっていて、それでもいつの間にかいなくなる奴、新しく居つく奴とそれぞれだ。

 巴も、このチャットルームまでにもあちこち遍歴している。勿論、別のサイトで一緒だった奴と顔を合わせることもあるし、二度と見かけない奴もいる。

 すれ違いばかりで、会うことのない奴。狭いようで広いのがこの世界だ。


 二人で話したい時や、他の奴に聞かれたら困る場合は、大部屋は使わない。

 小部屋みたいなのがあって、鍵になる言葉を知っている人間以外立ち入ることはできないようになっている。

 空いている部屋の使用をとりつけ、暗号を決めて邪魔が入らないようにする。

 鍵の言葉をキクにメールで伝え、部屋で待つ。暫くして、キクが現れた。

〈トモエ>改めてよろしくってのも変な話だけど、まあ適当に話そうよ〉

 話しているのと変わらない早さで、文字が並ぶ。送信。

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