ファイルNo.2 真夏の夜の夢 26
そんな巴に、病気がちで見学をしている少女は、敵愾心を剥き出しの視線を寄越してくる。
勉強はと言えば、大人が初歩的な問題を解いているのと何ら代わりない。能力以下のものを与えられて、唯唯諾諾とそれに従っているのは、義務だからだ。
ただ座って大人しく割り当てられた時間をこなすことも、今では苦痛ですらない。
十一才の子供である巴には、六年生としてのカリキュラムを終えねば、卒業して中学に進むこともできないのだ。
中学に入っても、それは同じだ。
高校は義務教育ではないが、行くからには別種の義務が生じてくる。
これが、私立や受け入れ態勢のある進学校である小学校なら、巴は同レベルの少年少女と共に能力に見合った勉強をすることができただろう。
それにアメリカなどなら、飛び級という制度を存分に利用して、能力に見合ったクラスに自分を引き上げることができる。
自由の国だからこそ、能力のある者には、それに見合った枠が用意される。
日本では枠が初めにあり、誰でも彼でもそれに当て填めようとするだけのことだ。自分の意思というものが認められない。
ここは日本で、義務だから、仕方がないのだ。
両親が、なぜ彼を公立の小学校に入れたのかは分からない。
技術系ではあるが、ただのサラリーマンである父と、企画アパレル会社に勤めている母と、全くの中流家庭だ。
だからこそ、公立の学校にいれるのは当り前のことなのだ。
巴が枠に、収まりきらなかっただけのことだ。
小さい頃も、巴は親に手を煩わせた覚えはない。それは長じてから一層顕著になり、何事にも親の手を必要としなかった。
それでも保育園の頃は、仕事が忙しくてもどちらか片親は巴の側にほんの少しの時間でもいるようにしていた。
だが巴が小学校に入った途端、これで手が離れたと言わんばかりに、巴は完全に親の加護を失った。いや、親と過ごす時間……か。
一人にして済まないと、言われたことも一度や二度ではない。ただその度に巴は、同じ返答を繰り返すだけだった。
『いいえ。それぐらい自分でできますから』
巴の機嫌をとるかのように、何か欲しいものはないかと聞かれても、返事は決まりきっていた。
『いいえ。欲しければ自分で買います』
可愛げがないと言えばそれまでだが、幼い頃の自分がどんなふうに親に接していたのかすら思い出せない。
もう両親は、何も言ってこない。
変わりはないかと聞かれ、はいと言うとそれ以上会話も続けようがない。会話をとる時間もないのが、現状だったが。




