ファイルNo.2 真夏の夜の夢 25
〈生意気なガキには慣れてますってw 家庭教師やったこともあるし。さん付けはいい。呼び捨てで。キクの方こそ、どういう意味でつけた訳。7月入ったら、俺もテストあるし、ああ高校生も期末だよな。それまでは暇だから。いくらでも相手するしww じゃあなキクちゃん〉
メールを送ってしまうと、もうやることはない。
椅子に深く座り直した巴は、床に置いてあったランドセルに目を止めた。宿題が出ているのを思い出す。
トモエから、小学校六年生のただの子供に戻る瞬間だ。
新出漢字の書き取り。二十回ずつの書き取りは時間の無駄とも思えるが、頭を空っぽにして手だけ動かしていればいいので楽だった。
筆記用具を出して、机の空きスペースで宿題を片付け始める。教科書の120ページから。新出漢字を抜き出していく。
磁気。蒸発。収縮。宇宙。
テキストは、子供向けに書かれた科学の読み物だ。
どの授業もつまらないが、国語の教科書を読むのと、理科の実験は好きだった。
炎色反応や、気体の発生、手作りの風力発電や磁石の性質を利用した玩具に、巴が心を弾ませていることを、クラスメイト同様、教師も知り得なかった。
だから、科学者になってみたいという思いは、巴の胸の中だけのものだ。
口に出して言ったことはないし、そんな無邪気な夢を心の中ですら膨らませることはしなかった。
周りの人間は巴に、IQが高いが故に、大人びた少年であることを要求してくる。
イメージを押しつけようとする。巴はそれに合わせているのか、この性格自体が本来の地なのか、もう分からなくなっている。
幼稚園児のような外見の巴は、天才少年という一般的なイメージ像から著しく外れているだろう。
過剰な期待とそれに伴う落胆と。求めるものが得られないならば、それ以上は構わない。
自分の意識外のものとして、大人は巴のことを扱う。教師も、両親も。祖父母も。
もういい加減にして欲しい。
子供は子供で敏感だから、巴のアンバランスさを、奇妙な生き物でも見るように遠巻きにしているだけだ。
おざなりに構ってみたりするものの、クラスメイトとの間には厳然とした溝がある。
学校での巴は、それこそ置き物だ。
教師は授業中、巴を指名することはない。巴も手を上げるようなことはない。
体育は、ただ発達が遅れているが為の自分の無能力さを見せられるのが嫌で、見学ばかりしている。




