ファイルNo.1 パンドラボックス 8
H・R前の休み時間、教室で渡辺にそのゲームを見せられて、東大寺は首を捻った。
手にとりながら、渡辺のウサギのような顔を見上げる。
「ふーん。面白いのん?」
渡辺も首を傾げると、
「って、噂です」と、答えた。
貸す本人がそのゲームをまだ攻略どころか、やったことすらないのだ。
従兄から借りたのはいいのだが、ゲーム機が壊れてしまったらしい。宝の持ち腐れになった為、東大寺に又貸しする気になったようだ。
「パンドラの匣ね」
東大寺は、巷で人気のあるというそのゲームのことを、名前すら知らなかった。どんな内容なのか、見当もつかない。
東大寺は、攻略本片手にゲームをするようなことはしない。好んでやるのは、RPGやシューティング、アドベンチャーゲームなんかだ。
格闘ゲームは、自分で身体を動かしている方がよっぽど楽しいので、滅多に手は出さないが。
「中身は、シュミレーションアドベンチャーだよ」
ケースを開けて、ゲームのブックレットを開きながら、渡辺は東大寺に言った。
東大寺は、殆ど説明書きのないブックレットに目を走らせる。
大体のところ、City of TKと呼ばれる近未来の東京で、Lと名乗る、猟奇殺人鬼を追う刑事の話のようだ。
主人公の刑事の名前が、アンジと書いてあった。
なかなか面白そうだ。
早速、今夜からやり始めようという気になる。
テストも終わり、仕事もほぼ済んでいる為、東大寺がやることと言えば、部活に出ることだけだった。
彼の頭には、学校の授業に身を入れるなんて発想は出てこない。
「パンドラの箱って言うのは、開けてはいけないものって、意味らしいけど、僕はよく分かんないです」
渡辺は、敬語とタメ口が混じって、かなりおかしな日本語になっていることに気付いていない。
天然ボケなのだが、ツッコミ甲斐のない奴である。
反応が鈍いので、テンポがズレまくってしまう。
東大寺は、紫苑か愛美なら、まず間違いなく言葉の意味を知っているだろうと思って、後で聞こうと思っていたのだ。
だが、会っている間はすっかりと忘れてしまっていた。
「まっ、ええか」
東大寺はもう一度呟くと、ゲームのケースを鞄に突っ込み直して、代わりに財布を引っ張り出すと、券売機の方に歩いていった。
*
無声映画のようなオープニングフィルムの後、画面が真っ黒に塗り潰され、白ペンキでタイトル文字が浮かび上がる。
パンドラの匣。