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ファイルNo.2 真夏の夜の夢 12

 それとも東大寺は、もうアパートに帰ったかもしれない。

 パソコンの時計は、六時前を示している。夕食にはまだ早かった。

 愛美は、自室で明日の英語の予習の、辞書を広げているのかもしれない。

 巴は何をする気にもなれず、ぼんやりとパソコンのウィンドウを眺めていた。

 宿題は終わっている。

 暇潰しにチャットルームでも覗いてみるか、国立の理系の大学受験用の問題集の続きでもするか、それともオンラインゲームでもやるか。

 動画の視聴でも、ネットサーフィンでも情報収集でも。

 だが、巴は何をする気にもなれないのだ。

 せめて、やらなくてはいけないことがあればいいのだが、綾瀬から仕事も回されていなければ、長門がごく個人的な理由で調査の依頼がされている訳でもなかった。

 これまでの巴なら、人と向き合うことは苦痛でも、何時間だろうとパソコンと向き合っていることはできた。

 パソコンの世界だけが、巴にとっての全てだった筈なのに、今はどうだろう。空しい感じがするのはなぜだろう。

 

 巴は、インターネットでも、トモエという名前を使ってはいたが、大学生の男で通していた。

 誰も巴の本当の姿を知らない。

 高い知能指数だとか、幼児にしか見えない外見とか、真面目なだけが取り柄な性格も、全部現実の世界の中だけのことだった。

 パソコンのサイバー空間の中では、人は別の人間になることができる。

 男が女のふり、またはその反対も可能だ。そういうネ(ットお)かまというものは、結構分かるものだ。

 でも名前や文体からして男だと思っていたら、実際は女だということだってある。

 男か女か言われないと分からないし、本人が男(または女だと)言えば、それを信じるしかない。

 カヲルコは、実際は専門学校に通っているらしいが、チャットで自己紹介された時は、高校生だと言っていた。巴だって、人のことは言えない。

 大学三年生なんて、とんでもなかった。

 小学六年生と言うことは、十才ばかりサバを読んでいることになる。職業も年齢も、本当の自分である必要はない。

 全ては架空の世界の存在なのだ。

 

 トモエは、三流の文系大学の三年生で、近代文学の太宰なんかを専門としていて、適当に勉強をして、適当にバイトをしたり、遊んだりする全くどこにでもいる普通の青年だったりする。

 それができるのが、この電脳空間だった。

 とにかく、それぞれの相手にメールを発信し、巴は一旦パソコンの前を離れると、ベッドに横になった。

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