ファイルNo.1 パンドラボックス 7
髪型が変わると気分も変わる。
現金なもので、愛美はもう一度、数学に手を付ける気になっていた。
「暫く部活で忙しいから、会えへんけど、寂しくなったら、いつでも電話してな」
東大寺は手を振りながら、帰っていった。
愛美は、ハイハイと適当な返事を返しておく。
バイト代でようやく電話を引いたのだが、最初に電話をかけてきたのは綾瀬で(勿論仕事の用件だ。幾ら綾瀬でも東大寺をからかう為に電話をかけるほど、暇人ではない)すっかり東大寺は不貞腐れていた。
電話があれば、仕事に遅れないようにと、モーニングコールの一つもかけられる。
部活の早朝練習には遅れたことがない癖に、東大寺は、仕事となると途端に寝坊を連発する。パートナーとしては、かなり気を揉む相手だ。
東大寺も、長門と組んでの仕事にめどが立ったらしく、当分部活に専念するつもりのようだ。
愛美が東大寺と電話で連絡を取り合うのは、少し先のことになるだろう。
だが、思いもかけない出来事で、東大寺とは音信不通になってしまう。
この日が、愛美が東大寺の顔を見た最後だった。
*
駅で財布を出そうと鞄を探っている時に、プラスチックのケースに手が触れた。
取り出したのはCDケースだが、中身はゲームのソフトだ。
「あっ、忘れとった。聞こうと思っとったんや。当分会えんけどな。まあええか。またいつか聞いたらええわ」
東大寺はそう独り言ちた。
どうせそう思ったことも、すぐに忘れてしまうだろう。
ゲームのタイトルは、『パンドラの匣』という。
少し前に市場に出回るようになったもので、話題性はないが、巷では人気のあるゲームらしい。
バックの黒に、釘でひっかいた傷のように、ロゴが描かれているだけで、とてもシンプルな装丁だ。同じクラスの渡辺から借りたのだ。
渡辺新吾。
何がどうなったのかよく分からないが、渡辺新吾は東大寺に懐いている。
犬じゃないのだから懐かれてもなあと思うが、別段害もないので、適当に付き合っている。
その渡辺が、数日前、某会社のゲームの本体を持っているかと聞いてきた。
渡辺自身は、ゲームもやるが別にゲーマーでもないらしい。
何事も、中途半端な奴だ。オタクならオタクで面白みもあるのだが……。
東大寺も、暇潰し程度にゲームならやる。
渡辺が言ったゲーム機なら、持っていると答えておいた。すると、渡辺はテスト最終日の今日になって、このゲームを持ってきたのだ。