ファイルNo.2 真夏の夜の夢 8
東大寺は、巴の胸中など一切無視して、にこやかに愛美に話しかけた。
彼の能力をもってすれば、巴が老成していると思われているばかりに、心情を吐露できず小さな胸を複雑に痛めていることは、見通すことなど朝飯前だったろう。
「ううん。ちゃう。関西弁の練習」
東大寺は一旦言葉を切ると、愛美から目を逸らして一気にまくしたてた。
「兄ちゃん。死んだらあかん、死なんといて」
ダイニングテーブルに向かっていた愛美の足が、止まる。
病室での一幕だろう。巴も側にいたので、それは分かった。
勿論、その時愛美が使ったのは関西弁ではなかったが。
東大寺は、口元の笑みは消さずに、おどけた目つきでテーブルの一点を見つめている。その眼差しは、意外にも真剣な光が混じっていた。
「利いたで、かなり」
それが本心なのだろう。
おどけた三枚目を装ってはいるが、東大寺はいつだって真剣に物事と向き合っている。だから、人からも信頼を寄せられもすれば、愛されもする。
それが巴には気に食わなくもあり、妬ましくもあった。
一見、滅茶苦茶でありながら、人の心を的確に掴んでしまう。巴には到底真似できないし、見習いたいとも思わない。
愛美は、カップラーメンと箸を東大寺の前に置きながら、帰り支度を整えた巴に声だけかけた。
「あっ、もう帰るの。気を付けてね」
引き止められることを期待していた巴は、愛美が向けてきた笑顔を恨めしく思いながらも、素っ気無い返事を返すだけに留める。
「差し出がましい真似、しちゃいましたね。東大寺さんの心に、土足で踏み込むようなことしちゃって。でも、欺慢だと言われても、自己満足だと言われても、あれはあれで正しいんだと思います」
愛美は、東大寺の前の椅子を引き、腰掛けながらそう言った。
照れ臭そうな口振りとは裏腹に、愛美の表情は毅然としていて、自分の言葉や行動に対する自信が窺われた。
東大寺は自分でラーメンの上蓋をめくって、傍らのポットから湯を注いだ。
「俺もな、水鏡の時に千尋の姿見てふっきれたと思う反面、そういう自分が、利己的な人間に思えて仕方なかったんや。それを、パンドラの箱で見せられたような気がする。けどな、俺は利己的でええんやと思ってん。都合のいい解釈やと言われても、押しつけがましいと思われても、もう妹は死んでおらんねんから、生き残った俺がしっかりしゃんな」
東大寺の口振りには、故意に自分を納得させようとしている響きはなかった。真実そう思って、その答えを受け入れている。




