ファイルNo.2 真夏の夜の夢 3
この仕事には死と隣り合わせの危険がつきまとう。生に執着心の強い者では、勤まらない。
彼がやめたのは当然のことだった。
「去る者は追わない主義なんだ」
綾瀬はあっさりと片付ける。そして、
「缶を見たか?」
巴が頷くのが、気配で分かる。
自分が汚したテーブルを拭く布巾をとりに、キッチンにいった東大寺は、空缶もついでにシンクの側に置いてきた。
巴はどこに隠れていたのか知らないが、握り潰された空缶は見ていたらしい。
それが人間の手で握り潰したものと疑っていなかったようだが、実際目にした綾瀬と西川は、それが人の念の力によるものだということを知っている。
察しのいい巴が相手なので、短いやりとりの中からも、彼は的確に事情を把握していた。
「あんなこと、人間にも手を使えば出来ます。それに、そんな能力じゃ、スプーン曲げと同じで何の役にも立ちませんよ。それに何ですか、あれ。男の癖に髪なんか伸ばして」
いつもは淡々とした冷静さを欠かない巴の言葉だったが、後半は明らかに不快感を露わにしたものだった。
優等生そのものといった巴には、不良然とした東大寺の姿は受け入れ難いものがあるのだろう。
「頭の固い爺さんのようだな」
綾瀬は声を上げて笑う。
巴はついに、席を立った。
「あんなのじゃ、補導歴も指の数じゃ足りませんよ。犯罪者は、お断りなんでしょう?」
巴の口振りは、東大寺を、はなから犯罪者だと決めつけている。
綾瀬の会社は、危ない橋も渡る裏の会社だ。だが社員が前科者では困るのだ。表向きは、輸入業者に過ぎないが、それはあくまで表向きだった。
引き受ける仕事によっては、犯罪行為すれすれどころか、死刑宣告も免れないような重犯罪に適合するものが往々にしてあった。
巴も、犯罪行為を犯している。表向きは、IQが200ある天才ではあるが、普通の小学二年生。
しかし裏を返せば、SGAの優秀なハッカーだ。
裏で何をしているかは問題にはならない。
人の二人や三人殺していても、それが社会的に罪人としてのレッテルを貼られていなければ、問題視はされなかった。
特殊な力を持つ人間は、自分の身の安全を計りたがるものだ。
他人と違うことが知れれば、社会から排斥されてしまう。自分が生きていくのに不都合や制約を受けたくなければ、表向きには問題を起こさないに越したことはない。
綾瀬は、東大寺が超能力者である限り、みすみす罪を露呈させることはないと信じていた。




