ファイルNo.2 真夏の夜の夢 1
綾瀬は、東大寺少年が部屋を後にした途端、深い溜め息を吐く。
サングラスをとって、目頭を押えた。眼精疲労を緩和させるように、指で揉み解す。
冬の日差しは、日が傾きかけていることもあり、ブラインドをおろした部屋を微弱に満たしているだけだった。
それすらも、綾瀬には耐えられないものだ。サングラスを元に戻すまでの間、綾瀬は一貫して目を閉じたままだった。
東大寺少年の前でのあれは演技ではあったが、サングラスを外すという行為が彼に与えた影響は相当なものだ。
綾瀬の目は、光に非常に敏感に反応する。
ある事件で、網膜が駄目になるほどの強い閃光を目にした為に、ほんの少しの光さえ受け付けない目になった。
全くの盲人という訳ではない。濃い色のサングラスをかけていれば、物の判断はつく。
目の見えない人間にとって世界は黒い闇だが、綾瀬にとっては白い闇だ。だがさっきので、当分は本当に何も見えない状態が続くだろう。
が、東大寺が人の思考を読むという証拠立てにはなった。
西川の思考を読んで、綾瀬のあれが演技だとは見破ったが、実際綾瀬が苦痛を受けていることは悟られずにすんだ。
綾瀬の目に異常があるとは、東大寺には決して分からなかっただろう。
西川は今では秘書という立場だが、遠く以前には行儀見習いではあるが陰陽道に関わる者であった。
彼女には陰陽師としての才能はなかったが、最低限の訓練は施されている。
陰陽師たる者、心の底をさらす真似は、いついかなる時も慎むべきだという不文律があった。
特に主に仕える身としては、当然身につけていなければならない作法だ。 西川が、他人に心を簡単に読ませるような間抜けならば、側に置きはしない。
超能力と言っても、万能ではないようだ。
能力を持った者が、意識して心の内を隠しているのに、それを暴き立てるような力はないらしい。
それとは別に、綾瀬も東大寺と同じように、手を使わずに缶を握り潰すなど朝飯前だった。
けれど陰陽師としての自分の能力と、少年の能力の間には明らかに力の原動となるものが違う。それを、綾瀬は興味深く感じていた。
扉が開いたかと思うと、誰かが部屋に入ってきた。西川ではない。その証拠に、
「やっと帰ったんですね」
と言った声は、幼い子供の声だ。
目が見えずとも、たとえ声を聞かずとも、綾瀬には気配でそれが誰だか分かっていた。




