ファイルNo.1 パンドラボックス 6
「何か、東大寺さんの場合、違う意味で切実そうですね」
東大寺は、うんうんと頷いている。
顎に手を添えながら、過去を回想しているようだ。
「族におったことも、組関係に出入りしとったこともあるで。よう喧嘩はしたけどな。生きていく為に金ちょろまかしたり、色々悪いことしたけど、今考えるとあの一年はほんまに無駄やったとしか思えん」
族って、もしや暴走族のことだろうか? 組って暴力団か?
ふーっと愛美の気が遠くなる。まったくの一般人、しかも普通が取り柄の女の子だった愛美には、はっきり言ってあなたの知らない世界だ。
でも今の東大寺は、本当にいい人だ。たとえ過去に何をしていようが、それは変わらない。
それに、きっとその頃の東大寺だって今と変わらない心をもっていたのだろう――と思いたい。
それにしても、過去のことは聞かないでくれといいながら、東大寺は自分で墓穴を掘っているような気がする。
もしかしたら、もう冗談にしてしまえるほど、彼にとって過去は遠くなったのかもしれない。直視できるまでには。
「案外、紫苑の過去もそんなんやったらどうする。やくざの情夫とかやったりして」
東大寺は、イヒヒヒと歯を剥き出して笑った。
東大寺は空っぽの鞄をソファから持ち上げると、帰り支度を始める。
テストが三時間で終わって、昼食代を浮かせる為に、愛美の所にきたのだ。
ここ数日、紫苑は暇らしく昼夜と、愛美の食事を作ってくれていたので、東大寺は自分で作る手間も省けて万々歳だった。
テストも、終わってしまえば、どうということはない。どうせ悪いのは、やる前から分かっているのだ。
「やめてください。笑えないにもほどがあります」
紫苑はしかめっ面をして、東大寺を睨んだ。
紫苑は、記憶喪失だ。
SGAに入る以前、数ケ月より前の記憶がない。
本名も、出身地も、両親のことも、紫苑は何一つ知らなかった。
冗談で紛らわせられる種類のものではない。が、なにぶん記憶にないことなのでどう否定しても説得力には欠ける。
丁寧ながらも、手早く紫苑がおだんごを完成させた。愛美は手の平で、その感触を確かめながら、紫苑をからかった。
「やくざって言うより、マフィアのって感じですよね。モデルなんかやってたら、顔が売れて、連れ戻されるかもしれませんよ」
愛美がウィンクして見せると、紫苑は情けない顔で情けない声を出した。
「愛美さん」
ちょっといじめ過ぎてしまったようだ。
愛美はあちゃーと思いながら、髪を結ってくれた礼を言った。