ファイルNo.1 パンドラボックス 56
「だったら、必死で呼びかけたりしないでしょう。お兄ちゃん、死なないで、ですか。あれ、どういう意味だったんですか?」
愛美はそれを言われると恥ずかしいのか、うっと言葉に詰まる。そして、半ばやけになったように言った。
「どうせ巴君は、メンバーのプライベートな情報も知ってるんでしょう」
今度は本気で怒っているようだ。
何に対して怒っているのかは分からないが、怒りが巴に向けられているようなので、言い訳めいた台詞を返した。
「東大寺さんや、お姉さんのことなら把握してますけど、紫苑さんや長門さんに、社長のことは分かりませんよ。僕がパソコンで調べられるのは、情報社会に属している人間だけです。記憶喪失の紫苑さんに、個人情報が抹消されている長門さんや、国家レベルで隠されている陰陽家の傍流である桐生亨こと、綾瀬社長なんか、調べようにも、調べられませんからね」
何を怒っているのか分からないので、火に油を注ぐ結果となるかとも思ったが、愛美はその言葉に気の抜けたような返事を返しただけだった。
そして、自分がついさっき言った言葉を忘れたかのように、穏やかに話し始めた。
「東大寺さんの妹が病気で、小学校六年生で亡くなったでしょう。妹さんね、これ以上親戚や東大寺さんに迷惑かけたくないと思ってたのか、病気が悪化してること話さなかったの。それで手遅れになって亡くなったんだけど、東大寺さん、死に目に合えなかったみたい。それが引っ掛かってたんでしょうね」
東大寺の屈託の一つがそれだった。
水鏡の事件以来、ポツリポツリとではあるが、東大寺の口から過去が明るみに出てくる。
それは、過去との決別が果たされた為ではなく、過去を受け入れた証拠だと、愛美は考えていた。
「東大寺さんは心の底で、妹を死なせたのは自分だと思ってるの。いくら、過去を乗り越えたようなふりをしていても、自分でも気付いていないだけで、やっぱり過去は過去として、厳然と無意識の中に根を張っているのよ」
巴は無表情を装っていたが、内心動揺で一杯だった。
愛美は東大寺や自分を念頭に話しているのだろうが、一般的で万人に対しても当て填まる言葉に思えた。
だからこそ巴は心許無い、いや弾劾されているような気分になる。
お前もそうだろうと、言われているような気分だ。パンドラの匣なんて、おかしなゲームが現れたのが悪いのだ。
巴の中の何かを、あのゲームは刺激してやまない。
言葉にはできない、一種予感のような嫌な手触りを残してあの事件は、終わった。




