ファイルNo.1 パンドラボックス 55
「料理なんか、俺のがうまいぐらい」
それは事実だ。愛美は否定できずに悔しい思いをする。
(何よ。東大寺さんの馬鹿。いつもだったら、フォローしてくれるのに。年増女に遊ばれたって知らないんだから)
看護師の姿が部屋から消えると、愛美は小さく扉に向けて舌を突き出した。東大寺は、愛美の態度に気分をよくしたのか、満面の笑みを浮かべる。
「俺ってば、ここのアイドルやから。俺みたいにいい男は、そうおらんもんな。年上はやっぱええわぁ。もう、ハーレムって感じ!?」
これが、つい数日前までは、死にかけていた人間の台詞だろうか。
勘違いも甚だしい。東大寺のようなキャラクターは、ペット扱いされるのがオチだ。
愛美は、意地悪な気分になった。
これだけ元気ならば、すぐにでも退院できるだろう。綾瀬の考えた通り、ゲームに仕掛けられた暗示の後遺症も、心配いらないようだ。
「ああ、そうですか。一生、病院に入ってればいいんだわ。私、これから用事があるんで帰ります。それじゃあ、お大事に」
わざと、乱暴に言って部屋を出た。
愛美は、東大寺がベッドから身を乗り出して、そんな、ちょっと待ってや、何でいきなりと、追い縋るような言葉を投げかけてくるのは無視した。
面会室のソファにつまらなそうに座っていた巴に、合図をする。どうでしたかと聞かれ、愛美はフンと鼻を鳴らした。
「知らない。あんな奴。勝手にすればいいのよ」
巴が、さては何かあったのかという顔をする。
東大寺がまたつまらないことを言って、彼女の機嫌を損ねたのだろうと考えたが、愛美は言葉とは裏腹に明るい表情をしている。
巴には、女性の心理など分かる筈もない。
「わざわざ、夜食のおにぎりなんか作らなきゃよかった。東大寺さんは、どうやら白衣の天使がすっかり気に入って、病院から出るのが嫌らしいわよ。あーあ。あんな人、助けなきゃよかった」
病室に入った時に持っていた紙の袋を、愛美は持っていなかった。中身が何かと巴が聞いた時は、愛美は笑って答えなかったのだが。
手作りのおにぎりだったのか。
東大寺にとっては、どんな見舞いの品よりも嬉しいだろう。
東大寺のことをよく理解している、愛美一流の心配りだ。
そんな愛美を怒らせるとは――でも、怒っているのだろうか。
本当に東大寺が助からなければよかったなんて、口が裂けても言えないだろう。




