ファイルNo.1 パンドラボックス 54
「健康なことにかけては、折り紙つきじゃないですか。綾瀬さんだって、東大寺さんのこと。脳味噌まで筋肉でできている奴は、滅多にいないって誉めてたもの」
東大寺は、食べ終わったリンゴの芯を、ゴミ箱に投げ捨てた。愛美が差し出したリンゴをまた一つ受けとりながら、
「いやー、誉められるほどや」
と東大寺は言って、頭を掻こうとした。上げかけた手が止まる。
「って、今、それは誉めたんとちゃうやろ。誰が、脳味噌まで筋肉でできてんねん」
一人ボケ、ツッコミとはまた高等な技だ。調子が戻ってきたということだろうと愛美は思う。
「あのクソ親父」
東大寺が久しぶりに吠えた。
綾瀬がそんなことで、くしゃみをするような柔な性格ではないだろうが。愛美はようやく安心した。
東大寺がベッドの上で暴れていると、扉が開いて看護師が顔を覗かせる。
二十代半ばぐらいの女性看護師は、愛美をチラッと見ると、会釈するでもなく、東大寺を軽く嗜めた。
「駄目よ。東大寺君。今は、安静にしていないと。妹さんも、もう少し考えてください。で、彼女、妹なのよね?」
面会謝絶を押して、三日前、愛美がこの病院を訪れた時にいた看護師とは別なようだ。話は詰め所で伝えられていたのだろう。
愛美は、東大寺の家族ということにされていた。綾瀬が手を回したお陰だ。
愛美は不機嫌な顔を隠さない。もう少し考えろって、愛美が何かした訳ではないと言いたい。
「うん、そうやねん。手間のかかる妹で」
愛美はムッと顔をしかめた。
(誰が妹だって?)
これほど似ていない兄妹もいないだろう。
(手間がかかるとは失礼な)
前の件といい今回のパンドラの匣の件に関しても、面倒をかけさせたのは、どこのどいつだと言いたい。
まあ、SGAのメンバーなのだからもちつもたれつお互い様なので、口に出しては何も言わなかった。
看護師は、東大寺が持っている噛じりかけのリンゴに気付くと、愛美をジロジロと眺める。悪気がある訳ではないだろう。しかし。
「リンゴを剥くなら、言ってくれれば剥いてあげたのに。女の子なら、それっくらいできなきゃね」
馬鹿にしているのではないのだろうが、大人の女の余裕のある態度の所為か、愛美は馬鹿にされているような気分になった。
(何よ。この女。看護師の癖に、化粧濃いわよ。香水つけすぎ)
東大寺は、愛美の気も知らずにムシャムシャとリンゴを噛じりながら、そうそうと頷いた。




