ファイルNo.1 パンドラボックス 53
東大寺はゴソゴソと、ベッド脇のロッカーの引き出しを開けたり閉めたりしたが、西川は果物ナイフまでは揃えてくれていなかった。
東大寺は途方にくれた顔になる。
「ナイフないわ。どうしょう」
「そういう時はですね」
愛美は制服の胸にリンゴをこすりつけると、小気味良い音を立てて噛じり付く。そして、はいと言って東大寺にリンゴを手渡した。
愛美の歯型が、白い果肉についている。
(はいと言われても)
東大寺はリンゴを受けとる。
「どうせやったら、もう一回これして」
東大寺は、リンゴを持った手を胸の前で動かす真似をした。愛美がすかさず、東大寺に指を突きつける。
「はい。NG。ボケにきれがない。やっぱり脳味噌腐っちゃったのかな」
どうせなら、リンゴになりたいとでも言えば、いつもの東大寺らしいと思えるのだがと愛美は思う。
東大寺は、愛美が最後の方はブツブツと独り言のように呟いた言葉に、思わず聞き返すような顔になった。
脳味噌が腐っているとはまたひどい。頭が緩いのは認めるが、そんなにはっきり言われると、文句の言いようもない。
それに、ボケにきれって。
ツッコミにきれがないとは言うが、それこそ聞き初めだ。
東大寺は、心の中でツッこむだけにしておいた。
「友達の結城さんが心配して、電話くれましたよ。それで、嘘吐いちゃった。東大寺さんの妹の病状が悪化して、実家に帰ってるって」
愛美は椅子に座って、東大寺を上目遣いで伺っている。勝手なことをして、怒られないだろうかと心配しているらしい。
東大寺は、清洌な香りを放つ、リンゴを口の中で咀嚼しながら、前だけを見つめて言った。
「どうせやったら、葬式や言うてくれたら、忌引きで休みってことにできたのに」
愛美が唇を尖らした。不謹慎なという思いが、ありありと浮かんでいる。
別に茶化しているのではない。東大寺はいたって真面目だ。
「とっくに死んでる妹を、まだ生きてると自分を騙す訳にも、もういかへんやろ」
愛美は、キュッと唇を結んだ。
自分の先走りを恥じているらしい。すぐに、東大寺を気遣うように明るい顔をした。
「でも、そうしたら、学校を休む理由を考えないといけませんね」
東大寺も気軽に言葉を返す。
「そうやな」
東大寺は暫し空中を見つめ、突然、
「実は肺に持病が……」
ゴホゴホと胸を押さえて咳き込んだ。苦しげに胸を掻き毟っている。
自分では真に迫っているつもりだが、愛美は相手にしなかった。




