ファイルNo.1 パンドラボックス 5
「髪の毛、伸びましたね。たまには趣向を変えて、私が三つ編みにしておだんごに結ってあげますよ」
背中で揺れている愛美の髪の毛を、紫苑は指で掬うとそう言った。
紫苑は、いそいそと洗面所に櫛とゴムをとりにいく。
「もうすぐ夏だし、暑苦しいから、この際バッサリ切っちゃおうかなって、考えてるんです」
愛美は紫苑が戻ってくるのを待って、そう言った。
「女の子は、髪の毛が長い方が好みやな」
東大寺は、紫苑が梳している愛美の髪を撫でる。
紫苑が、汚いものでもあるように、東大寺のその手をピシャリと払った。ほんのり東大寺からバナナの匂いがする。
「誰もあなたの女性のタイプなんか、聞いていませんよ」
東大寺は叩かれた手の甲を撫でながら、口を尖らせた。
「お前、だんだん性格キツなってるんちゃうか。愛美ちゃんはともかく、ええ加減お前は髪の毛切れや。うっとおしくって、しゃーないわ」
東大寺は、紫苑の髪の毛を乱暴にひっぱったようだ。何するんですかと、紫苑が怒っている。
愛美は、腰まで届くストレートの紫苑の髪が羨ましい。紫苑はロングヘアの美人だが、女性的ではない。細身の身体も華奢ではなく、男の骨っぽさを感じさせる。
愛美は母親が癖毛だったこともあり、緩く毛先にウェーブがかかっている。天然パーマを隠す為に、いつも三つ編みにしていた、死んだ親友のことを思い出した。
委員長と呼ばれて、クラスメイトからも慕われていた。
久しぶりに思い出してしまった。
愛美はさりげなく、熱くなった目元を押さえた。東大寺も紫苑も、気付いていない。
紫苑は愛美の髪を二つに分けると、器用に三つ編みにしていく。
「男の長髪は、駄目なんですか?」
愛美が聞くと、東大寺は大きく頷いた。
「当り前や。男は黙って短髪……」
二人が意味深な笑みを浮かべて見ているのに気付くと、東大寺は途中で言葉を切った。そして、
「昔のことは忘れてくれ。人には知られたない過去の一つや二つあるんや」
愛美と紫苑を拝んで見せる。
愛美も紫苑も、笑っている。
昔の話を暗くならずに話せるようになったのは、まだ最近のことだ。
でもまだ、愛美にとっては過去とのしがらみは切ることができないし、思い出すには辛い記憶もあった。死んだ両親や友人のこともその一つだ。
いつかそんなこともあったと、話せる日がくるだろうか。
今はまだ、旅の途中。
過去が思い出に変わる過程なのかもしれない。