ファイルNo.1 パンドラボックス 47
愛美は深く息を吐くと、平手で巴の頬を打った。
ピシリと乾いた音がする。加減はしていない。
白い頬が、指の跡を残して赤く色付く。
愛美は、後悔している暇などなかった。
巴は、錯乱しているようではない。平静そのものだった。だからこそ、先ほどよりも状況は悪くなったようだ。
「巴和馬。落ち着いて。よく聞いて。箱を開けなさい。箱を開けるのよ」
巴は、愛美の言葉に静かに首を振る。
「駄目だ。そんなことしたら、それこそよくないものが出てきてしまう」
これは、催眠術でもマインドコントロールでもない。
パンドラの箱に周到にしかけられた罠にかかった者達は、結局は自ら死を選んだのだ。
東大寺も恐らく、このシーンに辿りつき、自分のこめかみを銃で撃ち抜いたのだろう。
だから目覚めなくなった。
パンドラの匣の中には、その人間が最も見たくないものが入っているのだと、刷り込まれてしまうのだ。
でもそれは違う。きっと答えはある。
アンジ。エンジェル。どこかに救いがある筈だ。例えこの世の中に希望がなくとも……。
希望?
希望だ。
愛美は、微笑んだ。
「大丈夫。箱を開けて。パンドラの箱に残されたものは、最後の希望よ」
確信に満ちた愛美の声に、巴の顔に途惑いが浮かんだ。愛美はそれに乗じて、更に言葉を重ねた。
「開けて。大丈夫。箱を開けても、何も起こらない。全ての不幸は、もう外に出てしまったの。だからパンドラの箱の底には、希望だけがあるのよ」
巴は死ぬことを、放棄したようだ。愛美の説得を受け入れたらしい。
巴は銃口を、箱の留め具の部分に向けた。それが答えだった。
銃が火を吹き、留め具が弾け飛ぶ。反動で蓋が開いた。
別に後光が差すでも、ファンファーレがなる訳でもなかったが、パンドラの箱は静かに全貌をあらわしていた。
中に、アンジの弟の首は入っていなかった。黒い底が、見えている。
「空っぽだ」
巴は、放心したように呟いた。
「やっぱり」
愛美は、それでもホッとした表情を隠せなかった。
もし、これを作った人間が本当に最低な奴ならば、箱の中に生首を入れておくぐらいのことはしていたことだろう。
どっちに転んでも、ゲームをやっていた者は死ぬしかない。だが箱は空っぽで、それは本当に最後の希望だった。
「犯人はアンジじゃない。そしてリッパーでも。エンジェル。使者。死者」




