ファイルNo.1 パンドラボックス 4
愛美は珍しくポニーテールにはせずに、髪を一つにひっつめて、おばさんのような髪型にしている。
肩にかかるぐらいだった髪もいつの間にか、背中にまで届いていた。
「東大寺さんが羨ましい。今日で中間終わりでしょう。何でよりにもよって、最終日に数学があるんだろう」
愛美は、ふくれっ面をして握っていたシャーペンを放り出した。
「教えたろうと言えんところが辛いわ。二回も同じとこ習ってるくせに」
東大寺は、テーブルの上にのっていたバナナの皮を剥いて、ムシャムシャとかぶりついている。昼食を済ませてまだ間もないが、食欲は衰えないらしい。
東大寺は、学校の帰りなので、上はワイシャツを脱いでTシャツだけだが、下は学生服のズボンという出立ちだった。
「英語だったら私もお手伝いできるんですが、数学はいかんともしがたいですね」
「ええやん。愛美ちゃんできへんの数学だけやろ。俺なんか全教科やで。今回もあかんのちゃうかって状況やもん」
東大寺は、食べ終わった皮を、ゴミ箱に投げ捨てる。
紫苑は、皿洗いを終えてタオルで手を拭きながら、東大寺の不作法を目で嗜めた。もちろん東大寺は、そんなもの屁とも思っていない。
「自慢してどうするんですか。また赤点だらけのテストで、夏休みに夏季講習受ける羽目になりますよ。私が英語、巴君が数学、愛美さんに日本史と国語見て貰った方がいいんじゃないですか」
愛美は頬杖をついて、溜め息を吐いた。
現実逃避したくなる。
学生生活最大の敵は、やはり中間期末と学期間に二度も行われるテストだろう。
「私も英会話、紫苑さんに習おうかな。うちの学校、英語も教科書丸暗記だから、テスト自体は楽なんだけど、全然身についてる気がしないんですよね」
この五月から、愛美は桜台付属高校に通っている。共学校で、桜台短大の付属高校で、幼稚園も桜台付属幼稚園というのがあった。
仕事が目的ではない。
四月一杯は、白藤商業での、生徒に異常が起きた事件に当たっていたのが、ようやく解決し、今は仕事のない貴重な時間だ。
愛美も東大寺と同じように、二足の草鞋を履くことになった。
その生活の大変さは、東大寺の様子を見ているところでしか窺い知ることはできない。
愛美は数学のプリントとにらめっこするのを諦めて、髪の毛をいじくりまわす。
愛美は、一旦髪のゴムを外して、もう一度ポニーテールに結び直そうとした。もう完全にやる気をなくしてしまう。