ファイルNo.1 パンドラボックス 3
不遜と取られ兼ねない巴の態度を、綾瀬は咎め立てするつもりはない。
そんな些細なことに目くじらを立てるような、度量の狭い男ではないつもりだ。
巴が部屋を出る前に、これだけは告げておかねばならない。
「三月をもって、東大寺遥とヨハン=マクドナルドを、うちのSGAの第三次メンバーとする。巴、お前が、彼らの面倒を見ることになる。分かってるな」
巴は静かに頷くと、もう後は見ずに部屋を出ていった。
「いつまでたっても懐かないな」
綾瀬はそう呟くと、深々と溜め息を吐いた。しかし、その顔には微笑が浮かんでいる。
彼はその現状を、楽しんでいるかのようだった。
初めはまずく感じた煙草も、すぐに肺に染み込んで、馴れ親しんだものとなる。
*
暗い空から、全てを腐食させる酸性雨が、降り続いている。
薄汚れた街と、錯綜する道路。
音はない。
ひたすらに荒廃した世界が撮し出される。
街の片隅の、レザージャケットを着た男の姿がアップになった。
男は、黒のパンツにワークブーツを履いて、壁に身を押しつけて銃を構えている。
浅黒い肌の、南洋的な顔立ちの男の顔には、緊張があった。
沈黙と、波一つたたない水面のような、静止した世界。
動いているのは、画面を横切る雨だけだ。
突然それが、動に切り替わる。
男が背にしていた壁を離れて、道の真ん中に躍り出た。
カメラがパンして、横長の映画のような画面になる。男は十数メートルほど離れた場所にいる相手と、対峙する形になった。
相手は、白いTシャツとブルーデニム姿の男だ。
二人がともに構えていた銃から、一筋煙が立ち昇った。
倒れたのは、相手の方だった。相手が崩れるのと同時に、男の右肩から血が跳ねた。
雨が道路を叩き続ける。
画面は静まり返ったままだ。
男はやがてゆっくり歩き出すと、倒れた男に近付いていった。
男のシャツが、心臓を貫通して背中の方まで赤く染まっている。
カメラは放り出されたように斜めになって、倒れた男と地面、そして画面の左上の隅の空を撮している。
赤い血が、画面の右から左へと流れていく。
血は雨に滲んで、ゆっくりとアスファルトに広がっていった。
*
部屋には薄日が差しているが、空模様はいいとは言えない。
じめじめと湿気を多く含んだ空気が、身体にまとわりつく。部屋の中の湿度も、九十%を越えているだろう。
梅雨入りはまだだが、気分までじっとりと重くなるようだった。