ファイルNo.1 パンドラボックス 26
「ゲームの名前。それが何か。噂?」
愛美は黙って、相手の話を聞いていた。
「途中で止めると、死ぬって言うんですか。東大寺さんがそれを、借りたんですね。渡辺新吾というクラスメイトから」
東大寺が意識不明の重体だという話を、結城という少年相手にしてもいいのか、愛美は迷った。
巴がいち早くそれを察したらしく、口の動きだけで何も言うなと合図している。
東大寺のことを心配して、電話をかけてきてくれた彼には悪いが、やはり黙っておいた方が賢明だろう。
「東大寺さんのことは、心配しないで。そう簡単に死ぬような人じゃないから。あなたには、一度お会いして話をした方がいいですね。今とり込んでいるので、今度こちらからお電話します。東大寺さんなら、大丈夫だから」
愛美は自分に言い聞かせるように、そう言って電話を切った。
(東大寺さんなら大丈夫。そんな簡単に死んだりしない)
結城にもそれが伝わったかどうかは、分からない。
愛美は幾度も東大寺と死地を潜り抜けたからこそ、そう言える。
しかし今回ばかりは、
「大丈夫ですかね」
愛美の心を代弁するかのように、巴は懐疑的な感想を洩らした。
巴の不用意な言葉を、愛美はきつく睨んで黙らせた。
愛美の真剣さに、巴も何も言えなくなる。
「私が死なせない。死なせるもんですか」
拳を握り締める愛美に、巴は背を向けるとランドセルを背負って、居間から出ていこうとしている。
愛美は表情を緩めると、巴に声を掛けながら、後を追った。
「巴君。どこ行くの。帰るの?」
巴はもう玄関で、下駄箱から革靴を出して履いている。
「お姉さんも一緒に行きますか?」
愛美はてっきり東大寺の病院に行くのかと思ったが、巴は、
「ICUなんで、行っても会えませんよ。行くのはあの人のアパートです」
愛美を見上げて、何か決意したような表情を見せた。
愛美は、先に行っててすぐに追い着くからと言って、自分の部屋にとって返した。
鞄に財布や何かを詰め込んで、湿ったスニーカーに足を突っ込んだ。今度は、折り畳み傘も忘れない。
靴を洗うのは、明日になりそうだ。
「雨、まだ降りそうですね。そのあと社長の所にも行きますから。話は歩きながらしませんか」
巴は、マンションのポーチで、灰色の空を見上げていた。
愛美は、腕の時計に目を落とす。
四時三五分過ぎ。
これから東大寺のアパートに行って、それから綾瀬のマンションに行って、またここに戻ってくるとなると、七時前頃になるだろう。




