ファイルNo.1 パンドラボックス 2
見てくれは、不良少年そのものと言ったところか。
補導歴などはないが、それは警察の職務怠慢以外のなにものでもないと、綾瀬も思っている。
少年は、その東大寺を、生理的に嫌悪しているらしい。それも仕方がないことか……。
だが、綾瀬は会社を潰すつもりは毛頭ない。
せいぜいうまく役立ってもらわなければならない――この少年のように。
「それはそれ。社員をうまくコントロールするのも、上に立つ者の務めであり技量の見せどころだろう」
綾瀬との会話だけ聞いていれば、彼が誰も小学生とは思わないだろう。
綾瀬と彼の間に絆はないが、SGAのメンバーとしては、十分に信頼の置ける人間だった。
「社員は使い捨ての駒ですか。怖い人だ」
何かを探るような目で、少年は綾瀬を睨んでいる。それは、睨んでいると言ってよかった。
綾瀬は余裕のある態度で、それを軽くいなすだけだ。
「社員の殉職にも退職にも私は関知しない。自分の身は自分で守ることだ。御前もな」
そう言った途端、少年にピシャリと遮られた。
「その名で呼ぶのはやめてください」
失言だったと、綾瀬は悪びれずに謝る。
「これは悪かった。お前をその名で呼んでいいのは、アイツだけだったな」
今度は綾瀬は、ククッと声に出して笑った。
御前、いや巴和馬は、機嫌を損ねたように顔を背けた。
普通の人間が見せる反応と変わらない。IQ200の天才少年と言えども、まだ九才の子供なのだ。
だが、子供だと思っていると痛い目を見る。
「アイツのことは、さっさと忘れろ。死んだ奴は戻ってはこないぞ」
巴は、暗い双眸で綾瀬を見る。
「分かってます。その話は二度と僕の前ではしないでください。過去は過去です。昔のことなんか関係ありません」
それには綾瀬も賛成だが、巴のそれとは少し違う気がした。
巴は生きることにすら、興味を覚えていないように見える。投げやりになっているだけだ。
巴は、いつの間にか感情を隠す術を身につけてしまったようだった。
以前は、この社会のあらゆるものに対する恐怖から、自分の殻に引きこもっているだけだったが、今はこの社会との繋がりを拒絶しているように見えた。
「怖いのはどっちだ。そんな簡単に忘れられるものじゃないだろう」
綾瀬は一旦言葉をきって、再び続けた。
「ユキトのことも……」
その言葉をみなまで聞くことなく、巴は口を挟んだ。
もう用はないとばかりに、背を向ける。
「社長。お話がそれだけなら、僕はこれで失礼させてもらいます」