ファイルNo.1 パンドラボックス 17
「何か遥から連絡があったら、私の所に出向くように伝えておいてくれ。今、取り込み中なんだ。切るぞ」
ガチャンと音高く切れた電話から鼓膜を庇うように、愛美は受話器を耳から遠ざけた。
受話器が下ろされる直前、綾瀬のクラディスを叱りつける声が聞こえた。
(珍しい)
お嬢様扱いで、叱ることもないのだろうと思っていた犬のクラディスに、綾瀬が文句を言うなど滅多にあることではない。
一体、何をしたんだろう?
それにしても東大寺だ。
学校にも行かず、家にもいず、どこで今、何をしているのだろう。
パンドラの箱。
開けてはいけない、見てはいけない、禁断の……。
東大寺に何かあったのだろうか。だが、東大寺なら心配することもないだろう。
星成西での不審死事件の時、東大寺も危うく命を落としかけたが、愛美が出しゃばって手を出さずとも、彼一人でどうにかできただろうとも思う。
東大寺なら、自分の身は自分で守れるだろう。
愛美はこの時、東大寺がどのような状況にいるか、全く想像もしていなかった。
東大寺の身を案じて電話をかけてきた結城直哉の方が、先見の明があったと言える。
*
アンジは、警視庁捜査第壱班の腕利き刑事だ。
数多くの事件解決に、貢献している。
ただしそれは、スタンドプレーとして、同僚刑事の反感を買い、犯人からは逆恨みされることに繋がった。
アンジは誰も信じない。仲間だって信じちゃいない。
同僚の方もアンジを信じてはいない。彼を妬んでいるだけでなく、それは彼の生い立ちにも絡んでいた。
アンジの父親は、アンジが子供の頃、警察に射殺されて死んだ。
彼の父を撃ったのは、警視庁捜査第壱班の刑事だった。
アンジの父は、猟奇殺人犯だった。その息子が刑事となり、奇しくも捜査第壱班に配属されることになった。
自分には、鬼畜の血が流れている。
だからこそ、猟奇殺人が許せなかった。
人を憎まず罪を憎むというが、アンジの捜査は執拗で決して追求の手は止めなかった。彼が捕らえた猟奇殺人犯は、皆、刑場送りか、射殺されて死んでいる。
恨みを買うにしても、犯人側の家族に、彼を責める権利などない。
そうなると、今度の事件は、純粋に彼に対する挑戦状と受けとってよかった。
捜査線上に、学生やもぐりの医者、解離性障害の患者などが次々と現れてくる。しかし、そのどれもが、犯人としての決定打に欠けるのだった。




