ファイルNo.1 パンドラボックス 11
「パンドラは蓋を慌てて閉めた為、一つだけ残されたものがあるんです。箱の中に最後に残ったものは、希望なんですよ。だからこの世界には希望はないんです」
愛美もそこまでは覚えていなかった。
小学校の頃に読んだきりなので、今度の休みあたり図書館で借りてこようかと思う。
「あるのは破滅だけか。なかなか面白いじゃないか」
長門は、皮肉るような横顔を見せ、喉の奥で笑うかのような声を洩らした。
(何やら、癇に触る)
愛美は、箸を食器棚から出しながら、あくまで紫苑に向かって話しかける。
「キリスト教でもそうですよね。女は愚かな存在だとされている。蛇に騙され、アダムに禁断の果実を食べるよう唆したのも女だし」
「女性蔑視も甚だしいですか?」
記憶はないにしても、紫苑がキリスト教を精神基盤とする社会で育ったことは、まず間違いのないことだった。
勿論、教会の神父の元で暮らしていることも、多少影響していると言えなくもない。
聖書によれば、イブはアダムの肋骨から作られたという。男は女の一部。男性上位の考え方だ。
紫苑も、それを突かれると痛いのだろう。しかし、所詮アダムも元はただの泥だ。
性別によって受ける制約や、負わねばならない責任など、男女問わずあるものだろう。
愛美も、女に生まれて良かったと思うこともあるし、男に生まれればよかったと思うこともある。
どちらが優れているとか、どちらが劣っているとか、考えようとも思わない。いや昔は、心のどこかで男性上位の世の中を肯定していた気がする。
本気でそう思っていたのではなく、ただ今のこの社会がそれを肯定しているからだ。
しかしSGAに入ってからは、性別に関わらず、人間とは愚かな存在だと思うようになった。
愚かさすら愛しく思えるほどに、愛美はこの社会を、そこに生きる人々を受け入れることはできない。
それがまた、愛美の愚かさかもしれない。
「さあ。愚か、かも知れませんね。私もそんな女の一人だから」
それに長門が、鼻で笑った。愛美はキッと長門を睨む。
何が言いたいのだ。
「あんたが女だというのは、紫苑がこれで男だというのと同じぐらい不思議なことだな」
愛美はムッとした顔を隠さない。
(どういう意味よ。くそぅ。やっぱりこいつは嫌な奴だ。さっさと部屋に帰れ)
全く、何も紫苑を引き合いに出すことはないだろう。
シッシッと犬でも追い払うように、愛美はあっちへ行けと長門に手振りで示す。




