ファイルNo.1 パンドラボックス 1
プロローグ
ノックの音が、コツコツと響く。
綾瀬は、今点けたばかりの煙草の火を、灰皿で揉み消した。
彼の返事を待たずに入ってきた少年が、部屋に漂う僅かな煙に気付いて、鼻の頭にしわを寄せる。
そのことには触れずに、少年は片手にした一枚きりの紙きれを持って、綾瀬に近付いてきた。
「これじゃあ、幾ら僕でもお手上げですよ。調べようにも、元手となる情報が少なすぎます」
四月から小学校四年生になるのだが、小柄で華奢な体型は、その年頃の子供達と比べても随分見劣りがするだろう。
少年と言うより、幼児という形容がぴったりだが、その見た目とは裏腹に、彼の表情は老成していて、ひどくアンバランスな感じがする。
大き過ぎる黒い眼鏡が、顔からずり落ちそうだ。
「前科者ではないんだな?」
綾瀬は、少年から書類を受け取りながら聞いた。
少年はデスクの上の灰皿と、殆ど吸っていない煙草の吸い殻を見て、禁煙はもうやめですか?と、綾瀬に意地悪く聞いてきた。
綾瀬はまあなと頷き、開き直ったようにデスクの抽出しから、煙草のパッケージを取り出す。
「まあ。社会的な意味においては、二人とも犯罪者のリストには載ってませんけど」
少年はそう言いながら、腹立たしそうに眉を顰めている。
綾瀬は、喉の奥でソッと笑う。かなり気に入らないことがあるらしい。
少年は、神経質そうに握った指を閉じたり開いたりしている。まだこういうところは子供だった。
まあ、綾瀬ぐらいの年になっても、自分の感情を完全に殺すことはできないものだ。
綾瀬はわざとからかうように、思惑とは違うことを言った。
「態度が煮えきらないのは、ヨハン=マクドナルドの素姓が不明だからか?」
ライターで煙草に火をつけて、深く煙を吸い込む。
約一ケ月ぶりの煙草は、やけに苦く感じた。綾瀬は手元の紙切れに目を落とす。
ヨハン=マクドナルドの文字が、まず目に飛び込んでくる。
生年月日、出身地、その他、不詳。
聖マリアンヌ教会、神父のアーノルド=フォックスの許で起居。
その続きには、アーノルド神父の経歴が綴られ、残りの部分にはもう一つの名前が載っている。
「いえ、それだけでなく、東大寺遥ですか? やっぱり、やめた方がいいと思います。どこでボロが出るか、分かりませんからね。社長もこの会社を、潰したくはないでしょう?」
東大寺遥。
一見すると女性かと思われそうな名前だが、彼はれっきとした男だ。
中卒の十五才の少年で、出身が大阪ということもあって、きつい関西弁を使う。