食料があることを打ち明けるが、渡さずに逃げる
「食料は持ってますよ」
「そうか、だったら……」
「すいません。貴重ですから渡せません」
わたしはくるりと後ろを向いて、走り出した。
「おい、何で逃げるんだ。俺に食料をくれよ」
船長もすかさず追いかけてきた。
だけど、次第にわたしと船長の距離は遠のいていく。
「分かった。話だけでも聞いてくれ」
声を振り絞って言うので、さすがのわたしも足を止めた。
「話って何ですか」
船長は膝に両手をにつけて、苦しそうに息をする。
何だか悪いことをしちゃったかな。
だけど、警戒はゆるめない。気を抜いていると食料を奪われるかもしれない。
「俺にはな、家族がいるんだよ」
「それだったら、わたしにだっていますよ。まあ、父親は軽蔑してますが」
「軽蔑だと?」
「はい。今の父親は酒で酔うとすぐに暴力をふるいました。それでよく母さんを泣かせてました」
「今の父親、ということは二人目の父親なのか」
「そうです。一人目はわたしが小さいときに家を出ていきました」
「そうか……」
「まあ、前の父親も母さんを見捨てたので嫌いですけどね」
船長は顔を下に向けて何かを考え込んでいるようだった。
「話がそれましたね。食料でしたら、あげますよ」
話をしたせいだろうか。食料を独り占めにするのは悪いような気がしてきた。
わたしはリュックの中から缶づめを取り出して、船長にあげた。
すると、彼は奪うように缶づめを受け取り、中身を頬張る。
よほど、お腹が空いていたのだろう。すぐに平らげてしまった。
「ありがとうな。若者よ。お前は俺の救世主だ」
「別にいいですよ」
「せっかくだから、名前を教えてくれないか」
「名前ですか。夕花って言います。真野優花です」
そしたら、いきなり船長がわたしのことを抱きしめて¥|きた。
「ど、どうしたんですか。船長」
「お前は生きて帰るんだ。幸せになるんだぞ」
なぜか船長は涙をこぼしていた。
わたしはただ、少しだけ食料をあげただけなのに。よほど、嬉しかったんだろうか。
船長はわたしを離すと、真剣な眼差しで見つめてきた。
「すまなかった。許してくれ」
「い、いや、謝らなくても」
「じゃあ、俺はここで失礼させてもらうよ」
そう言って、彼は森のある方へ歩き出した。
「待ってくださいよ。どこに行くんですか。一緒に救助を待ちましょうよ」
「うれしいお言葉だが、遠慮しておくよ。俺なんかと一緒にいない方がいい」
「そんなことないですよ……」
歩き出した船長は足を止めることはなく、次第に姿は見えなくなった。
「本当に行っちゃった……」
数日後、わたしは救助隊によって救出された。
少ない食料で食いつなげて何とか生き延びたのだ。
念のため、病院で入院することになった。
テレビを見ていると、わたしたちが無人島で生活していたことが、ニュースで大きく取り合あげられていた。
そして、そのニュースによると船長も救出されたらしい。
何だか、ほっとした。
船長も生き延れたんだ。よかった。
こうして、わたしは平穏な生活に戻ることができた。
退院したら、船長に会いに行こうかな。
<HAPPY END>




