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仮想現実脳症候群

作者: 流堂志良

「ミラクリエ」に同じ作品を投稿しております。

「ねえねえ、知ってる? あの話」


「なになに?」


「VRMMOって今日からエロ本と同じ扱いになるんだぜ」


「マジ!? うわぁ、オレさっさと始めとけばよかったぁ」


「うちのババア、そのゲームの話題出ると怒るんだぜ。意味わかんねぇよな」


 放課後、同じクラスの子たちがヒソヒソと話しているのが聞こえた。

 俺はその手の話題が嫌いだから首を突っ込まない。

 傷つくのが俺自身だからとわかっていた。


「買うのも、18歳未満がいっしょだったら売ってくれないんでしょ?」


「っていうか売ってるのがエロ本売ってるような店になるんじゃね?」


「一回ぐらいやってみたかったなぁ」


 勝手な事を言うあの子たちに俺はイライラする。

 18歳未満があのゲームが禁止されたというどれだけいいことなのか知らないくせに。


「ねぇ、ヒロ。ヒロの兄貴って18歳だろ?」


「あ? 兄貴が何だって?」


 兄貴の事を出されて、俺はそいつらを睨みつけてしまった。

 何も知らないあいつらは悪くないってわかっていたのに。


「おい、やめろって。ヒロは兄貴と仲悪いんだから」


 他の子がそう言って、俺に話しかけた奴を注意する。

 俺は兄貴とは仲が悪いと吹聴してきた。

 兄弟の話題になんて入りたくなかったからだ。

 あいつらは兄貴と何かを取り合いしただの、悪いことを教えてもらって一緒にやっただのうるさい。

 俺にはそんな思い出はここ数年ない。

 奴らの話題は既にゲームから、別の話に移っていた。

 机に行儀悪く座って盛り上がるあいつらを横目に俺は鞄を持って、教室を飛び出す。

 八つ当たりのように戸を勢いよく閉めた。

 中から女子の嫌な声が聞こえるのを無視して、俺は家を目指した。




「ただいま」


 玄関のドアを開けて、俺は家の中に入る。

 俺はいつもドキドキしながらこの扉を開けている。

 もしかしたら、兄貴がひょっこり顔を出して、


「おかえり」


 って言ってくれるんじゃないかと夢想している。

 でも、現実は残酷だ。

 そんなことは起きないし、母さんも働きに出ていない。


「ちぇー」


 返事がないことはわかっていたけど、俺は何となく悔しかった。

 鞄を自分の部屋に放り込んで、制服のままリビングへ向かう。

 どうせ、母さんも父さんも同じぐらい遅いから、注意する人もいるわけない。

 夕食まではゴロゴロとリビングに転がって、漫画を読むことにしている。

 テレビをつけて、人の声を聞きながらじゃないと、俺には耐えられない。

 学校では思い出さずにいたことを、家ではつい思い出してしまうから。



『兄ちゃ……』


 あれは俺がまだ小学生だった時。

 ゲーム中だから絶対に入るなと言われてた兄貴の部屋に入った時だった。

 当時、俺は兄貴を『兄ちゃん』って呼んでいつでも傍にいたがった。

 それが変わったのは兄貴がVRMMOにハマってからだった。

 ゲーマーだった兄貴に母さんが買ったVRのデバイス。

 俺が部屋に入った時に兄貴はそのデバイスを装着したまま机に突っ伏していた。

 動かない兄貴。

 いつもはそのデバイスを装着してちゃんと座ってるのに。


『兄ちゃん!!』


 俺の悲鳴に母さんがすぐに飛んできたのは覚えている。

 近づいてくる救急車の音。

 留守番させられた俺は一人ガタガタと震えていた。

 見送った兄貴の顔色が死んでるんじゃないかと思うぐらい白くて俺は怖かった。


仮想現実脳症候群(V R B S)


 医者が兄貴に下した診断がそれだった。

 仮想現実っていうのは頭の中にある微弱電流を流すことで、装着した人間があたかも現実のように感じるというものらしい。

 だけど、それはプレイしている人にとっては紛れもなく現実で。

 その非現実な現実を求めて、何度も何度もプレイしていると電流を流された脳の方がおかしくなってしまう。

 だんだんとその刺激なしではいられなくなり、サーバー側の不具合か何かで電流が不意に遮断されると、一気に壊れる。

 その結果が兄貴の昏倒だった。


『――特に感受性の強い思春期の子どもには、仮想現実脳症候群に陥りやすいと言われておりまして……』


 ベッドに横たわる兄貴を見て泣きながら医者に縋る母さんの声を、俺は兄貴の寝姿を見ながら聞いていた。

 兄貴はVRのデバイスに似た物を装着させられて寝息を立てている。

 本当に、ただ眠っているだけのように見えた。

 俺が偶然兄貴の部屋に入ってなければ、兄貴は死んでいたらしい。

 そんな実感も湧かないまま、俺は兄貴を見ていた。


『トシユキは、トシユキは治るんですか?』


 ゲーマーとはいえ、兄貴は成績もよくて父さんも母さんも兄貴がいい大学に入る事を期待していた。

 でも、それは叶う事のない夢になった。


『今はまだ治療法も見つかってない病気です。残念ながら――』


 医者の告げた内容にすすり泣く母さんは帰る時まで俺に気を払うことはなかった。




「もう、こんな時間か」


 俺はつけていたテレビが18時のニュースを流し始めた事に気づいて、読んでいた漫画を閉じて冷蔵庫を開けた。

 そこには母さんが作り置いたおかずがあるので、レトルトのご飯と温めて食べる。

 本当は俺が料理するのがいいんだろうけど、母さんは俺が火を使うのを嫌がる。

 危ないことからはできるだけ遠ざけておきたいのかも。

 小学生の時は兄貴と一緒にフライパンで焼きそばを作ったから平気だと思うんだけど。

 夕飯を食べて後始末をしたら、一仕事待っている。

 リビングの隅に置いてある箱から、缶を取り出して目的の部屋に行く。

 その部屋には卵形の大きな装置が置いてあって、俺はそこに缶の中身を放り込んだ。

 兄貴は今この中にいる。

 俺が放り込んだのは今から24時間の兄貴の栄養分だ。

 あの時兄貴がプレイしていたVRMMOと同じ電流を兄貴の頭に流している、と聞いた。

 このまま兄貴が目覚めるかはわからない。

 ゲームと同じ情景を兄貴の脳が処理して、眠りながら兄貴はゲームの中の世界で生きてるんだろう。

 だけど、兄貴がプレイしていたゲームと全く同じなので、週に一度だけ兄貴は目を覚ます。

 目が覚めるようになっただけマシだと俺は思う。

 母さんはこの治療を続けるために働いている。

 電流を脳に流し続けて、徐々に目覚めさせようなんていう賭けだった。



 その治療のおかげで、週に5時間兄貴は目を覚ます。

 その間だけ俺は兄貴と会える。

 木曜日、10時から15時。

 そのゲームにおいてメンテナンスの時間。


 VRMMOは18禁で十分だ。

 兄貴みたいな犠牲者を出さないために。

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