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闇にロココがよく似合う  作者: 太郎鉄
たちの悪い、ラブコメ
8/42

例外は、一度だけ

 蓬田は、ダイニングバー【アクタリ】に在籍している殺し屋達の、パートナーの消失について語った。



「一ヶ月ほど前から、弊社の殺し屋が、夜道で何者かに襲われるという事件が立て続けに起きるようになった」



【アクタリ】は歌舞伎町、明治通り沿いの集合ビルの七階にテナントを構えている。事件はいずれも新宿区、【アクタリ】から半径一キロメートル以内で起こったらしい。



「犯行の手口は共通していた。皆一様に、後頭部を鈍器のようなもので殴られている」



 その一撃で気を失った殺し屋は、次に目覚めると、白く狭い部屋で、後ろ手を椅子に縛りつけられていた。目の前には女性が立っている。《とても美しい女性》が。



「彼らは、その女性に、キスをされる。そして女性はいう」



 あなたたちは、解放されるべきなのよ。



「そこで再び、意識が途絶える」



 その間、殺し屋たちは悪夢を見たそうだ。かけがえのないパートナーが、闇に飲み込まれていく夢。再び目を覚ました時に、彼らはその悪夢が、現実へ続いていたことを知る。



「彼らは明け方の路上で目覚め、パートナーの消失に気がつく」



 それは途方もない消失感と共にあった。目には見えないが、しかし確実に存在する、かけがえのない大切な体の一部が無理やり剥ぎ取られてしまったような。



「具体的な数字をいえば、二十四件。二十四人の殺し屋がパートナーを失った。これは【アクタリ】の殺し屋の総数の九割にのぼる数字」



 わかる? 火の車なのよ、【アクタリ】は、と蓬田はいった。



「貝原さんがその事件に関わっている証拠は?」と僕は訊いた。もう、蓬田のセクシーなお尻はまったく気にならなくなっている。



「その女性と歩いている姿を、歌舞伎町で目撃した殺し屋がいる」



 状況証拠にしかすぎない。が、反証することができるわけでもない。僕はもっとも危惧していたことを蓬田に尋ねてみた。



「その女性の特徴は?」心臓が早鐘を。



「それが、不思議なことに」マシンガンのように。



「誰も特徴を記憶していないの。実際に見れば、その女性であることは判る。でも、いざ思い出そうとすると、それは言葉として、とても美しかったという印象でしか表せない」撃ちまくる。



《クレオパトラ級》。



 僕は蓬田に動揺を悟られないように、胸に手を当てる。小声で、ロココ? と尋ねてみる。



『いるよ。あたしは消えないって』と明るい声が返ってくるので安堵した。



 しかし、蓬田の話に出てきた美しい女性というのは、あの《クレオパトラ級》に違いない。この奇妙な符号は何だ? 貝原との関係は? 【アクタリ】の殺し屋たちを襲う理由は? そして、僕にキスをした理由は?



 わからないことだらけだった。



「ちなみに、君は、その女性を見たことが?」



「ないわ。あったら、プロでいられなかったわよ」



「女の殺し屋でも、パートナーを奪われた例って、あるの?」



「えぇ。あるわ」



《クレオパトラ級》は男も女もどちらもオッケーということか。



「……大体のところは判ったよ。ここのとこ君たちがやたら【レスト・イン・ピース】の殺し屋を引き抜いたりしてたのには、そんな理由があったんだ」



「そうよ。かなりの好条件でね。でも無駄だったわ。引き抜いても、すぐ襲われてパートナーを奪われてしまう。いたちごっこね」



 車のエンジン音が、離れた所から聞こえてきた。こちらへ近づいてきている。そろそろお開きだ。蓬田から引き出せる情報はこんなものだろう。



「ありがとう。色々参考になった」



 僕は蓬田のナイフを地面に置いた。



「もう、パンツ上げていいよ。僕はこれで帰るから、いなくなってからナイフ拾ってね」



 踵を返そうとすると、蓬田が呼び止める。「殺さないの?」



 僕は君と同じように、殺し屋なんだ。パンツを上げて、振り返ろうとする蓬田にそう告げた。



「仕事以外では殺さない。そう決めてる。例外は一度だけだ。そして、その例外は君じゃない」君は、わりかし、いい子だったし。



 素敵なお尻だったしね、とは口に出さない。



「あなた、やっぱり」と、蓬田は腕を組み、真っ直ぐに僕を見据えていう。



「……変わってるわね。あなたのお言葉と信念に甘えて、借りておくことにする」



 命は簡単に貸し借り出来るもんじゃないよ、と僕は説教じみたことをいおうとしていわない。その代わり。



「もし、これを借りと思うなら」と僕はいう。



「いつか、もし、何かの流れや組み合わせによって、君のチカラが僕に必要な時期があったら、その時、返してくれたらいい」



 蓬田は初めて、唇の両端を僅かに吊り上げた。仏頂面以上、笑顔未満の合意。



「じゃ、元気でね」と僕はいって駐車場を去る。ロココは『ちょっと、なんか軽くいい雰囲気になってんじゃないの!?』とやや怒り気味だ。というわけで僕は蓬田に振り返らない。けど、『あのビッチ、ずっと自由太の背中見つめてるし! 絶対惚れてるよ! ねぇ! マジで浮気したらダメだからね! ほんと、自由太、なんか無駄にモテてムカつく! 今晩、いっぱいしてよね! 自由太を誰より愛してるのはあたしだからね!』とロココがまくしたてるものだから、蓬田の挙動が判ってしまう。



 無駄にモテる。男冥利につきまくる。けれど、しかし、《クレオパトラ級》のキスを素直に喜ぶことなど、出来はしない。僕が彼女に感じた危惧、その美しい棘は、確実に刺さり始めている。



 ロココ、君を《ココロ》のように失う訳にはいかないんだ。《クレオパトラ級》を捜そう。棘を抜かないまま、君を失う恐怖を孕んだまま戦うには、あの男は強靭すぎる。



《聖人丈治》。お前はいま、どこで誰を殺してる?

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