尋問と《超・思春期》について
蓬田は唇を噛みながら悔しそうに拳を握っている。
「ナイフはもうないのかな?」と僕は彼女の鼻先に刃を向けていう。
「チェックメイトでオーケー?」
「……参ったわ」
「それじゃ、まずはあっちいこうか」
僕はハイエースの方へ顎をしゃくり、うなだれた蓬田をそちらへ歩かせた。
ハイエースの側面に蓬田を直立させ、「後ろ向いて」という。忠犬みたくそれを素早く実行してくれた蓬田にやや申し訳ないと思いつつ、僕は次の指示をだす。
「パンツを下ろして。太ももが見えるくらいまででいいから」
『はっ!? なにいってんのよ自由太!』と当然ロココは憤慨するが、まぁまぁ、というしかない。
「……この上、辱める気?」
「単に武装解除、っていうか、《とっさに動かれない》ようにってだけ。君の女性的な尊厳を傷つけるつもりは一切ないよ。約束する。変に抵抗しなければ」
納得してくれたのか、数秒後、蓬田はパンツを下ろした。
下着は黒のTバックだった。蓬田のお尻は桃の形をしていたし、まじまじと凝視してみたいという気持ちも当然でてくる、がしかしそこは凝視しない。ロココがへそを曲げ始めている。
「最後ね。腕を頭の上で組んで」
蓬田は素直に従ってくれた。逃げようというそぶりはまるで見せない。いい子だな、と僕は思う。
尋問の用意が一通り整ったので、僕はとりあえず、蓬田を誉めることにした。
「ナイフ投げ、上手いよね。かなりいい線いってた」
「お世辞のつもり?」
「いや、素直な感想だよ。フェイクがもう一手あったら、負けたのは僕だった」
「狙いを外したのは、あなたが初めてよ」
「狙った獲物は逃がさない?」
「そうね。それが私のチカラだもの」
蓬田のチカラは、命中率百パーセントの投擲技術だった。誰かを殺すことについて、チカラとの相性はぴったりといえる。
「君のパートナーは、なんていってるの?」
「負けてごめん、不甲斐なくて、ごめんって」
僕の中に、ロココというパートナーがいるように、蓬田の中にもパートナーはいる。そういう人間しか、プロの殺し屋にはなれない。
業界の人間はパートナーを《心の闇》と呼んでいる。ロココはそう呼ばれることを、とても嫌っていた。
「蓬田さんさ。パートナーに伝えておいてよ。気にすることはないって」
「……気にすることはない?」と蓬田は復唱した。
「どういうことかしら?」
「そのまんま。僕のチカラと君のチカラの相性がたまたま悪かっただけ。だから、負けたなんて気にしない方がいい」
蓬田はなにやらぶつぶつと独り言を始めた。パートナーと喋っているようだ。
「彼は戸惑ってるわ。なぜ、敵が私たちを気遣うのかって」
蓬田のパートナーは男性らしい。まぁ、それはそうだろうな。
「気遣ってるわけじゃない。事実をありのままに述べただけだ」
しばらく、僕たちの間に重さの伴わない沈黙があった。
「あなた、変わってるわ」と蓬田が破り、僕は「それ誉め言葉?」と返しておく。
雑談はこのくらいにして、僕は尋問を始めた。蓬田は姿勢をまったく変えることなくそれを受け入れている。
尋問一。君たちは【アクタリ】の殺し屋で間違いないか?
尋問二。君たちはなぜ、貝原を尾行していたのか?
解答一。「私たちは【アクタリ】の殺し屋よ。社員証見る?」
解答二。「誘拐するためね。決まっているでしょう」
尋問三。貝原を誘拐してどうする?
解答三。「【アクタリ】で、代表に会わせるつもりだった」
尋問四。それは何のために? 先ほど君は「先に手をだしたのは御社でしょ」といっていたが、それと関係が?
解答四。「もちろん大ありね。あなた本当に何も知らないの? だったらなぜ、あの二人がアマチュアだってことに気づいたのよ?」
蓬田は怪訝そうな口調でいった。どうも噛み合わない。ハイエースで寝ている《素人童貞》二人がアマチュアであることを見抜けたのはロココの《超・思春期》というチカラによってだが、彼らがアマチュアであると気づくことが、なぜ、僕が《【レスト・イン・ピース】が先に手を出したこと》を知っているという誤解に繋がるのか見当がつかなかった。
僕は誤解を解くために、ロココの《超・思春期》というチカラについて説明した。
「索敵能力とでもいうべきかな。レーダーみたいなもので、任意で選んだ対象の能力が判るんだ。当然、プロかアマかの区別だって余裕でつく」
ロココは人から特定の波長のようなものを感じとることが出来る。通常の人間は一種類の波長しかないのに対して、殺し屋には二種類あるそうだ。
波長の色や大きさ、どの程度洗練されているか(洗練された波長というのがどういうものなのか、僕には想像もつかない)を統計して僕と対象の戦力差を割り出しているらしい。
また、その波長に敵意や殺意が伴うと、度合いの強さに応じて、数秒~一分程度先までの行動をほぼ正確に予測することが出来る。波長が膨れ上がって、スクリーンみたいになるようで、そこに行動が映るそうだ。
「……なるほどね。当たらないわけだわ」
蓬田は溜め息をついた。
「ほとんどチートじゃない」
そんなことは決してない。殺し屋の中には、殺意を殺害の瞬間にしか出さないような上級者も存在するし、そういう手練れに対しては役立たないのだ。
あるいは行動を予測できたとしても、防ぎきれない攻撃だってある。大リーグのピッチャーが「これから内角低めに百五十キロのストレートを投げる」と予告してくれても、素人にはまず打てないだろう。それと同じように。
そもそもこのチカラは、僕の身を守ることに関しては非常に長けているものの、相手を殺すことにはまったく使えない。僕の仕事は、《僕に敵意も殺意も持たない単なる一般人》のターゲットを殺すことであって、殺し屋と戦うことではないのだ。
ちなみにロココ曰わく、『愛する自由太を守りたいっていう乙女心と思春期の多感な少女の想像力がミックスされて創りだされた素敵なチカラ』だから《超・思春期》と命名したらしい。まぁシュール。
「あなたのチカラについては解ったわ」と蓬田はいった。
「何も知らないということもね」
蓬田の言葉はやや尖っていた。無知は罪なのよ、といった言外の意味が含まれているみたいだ。
「じゃあ教えるわ。さっきの二人、本当はプロよ」
? どういうことだろう。
『有り得ないよ。何いってんのこの丸出し女』
ロココがプロとアマの判別を誤ったことなど一度もない。蓬田は何をいっているんだ?
「正確には、元プロね。確かに、今、彼らにパートナーはいないわ。でも一週間前までは確かにいたの」
元プロなんて表現は聞いたことがない。パートナーがいなくなるなんてことが、あり得るのだろうか。僕は蓬田に続きを促した。
「彼らだけじゃない。【アクタリ】の殺し屋のほとんどは、この一ヶ月でパートナーを消されたわ。あなたたち、【レスト・イン・ピース】の代表、貝原晴雨によってね」