話し合いの余地は?
僕は車道に立って、ハイエースのサイドウインドを、処女に触れる優しさでノックしてみる。スモークがかかっているので、中を窺うことはできなかった。
反応を待つ。あまり感度がよろしくないようだ。
今度はやや強引に、ある程度の流血は厭わないノックを。
サイドウインドがわずかにスライドした。十センチほどの隙間の先から、切れ長でセクシーな目尻の女が僕を睨んでいる。こんにちは。
『こいつが《やっつけ仕事なピストン運動》』
判りづらいから、相手が女の場合は表現を変更してほしいのだが、とにかく、目下、最優先で排除すべきなのは彼女だ。
「なんですか?」とあからさまな不快感を伴った問いかけを、僕は朗らかこの上ない微笑みで返す。
「お弁当のデリシャス・屋台です。ニューオープンしました。是非ともおこしください」
ポストに手紙を投函するように、チラシを隙間に入れてやる。
サイドウインドが閉じていく。機嫌を損ねてしまったか?
『なんて書いたの?』
「話し合いの余地は? って」
『どうして、わざわざラブレターみたいに渡すの? 直接喋って訊けばいいじゃん』
「喋ってるうちに、隙間から一発撃たれるかもしれないだろ? ロココの《超・思春期》が発動する前に」
『あたしのレーダーが関知する前に、殺気を一瞬で膨らませるってこと? 《やっつけ仕事なピストン運動》程度に、そんな器用な真似出来ないよ』
「まぁ、それはそうだけど。仮にもプロを相手にしてるんだからさ、ある程度慎重になるのは悪いことじゃないだろ?」
ハイエースは何かを推し量るように沈黙を保っている。その間、僕の背後を何台もの乗用車が走り抜けていった。当然だが、車道に立つと空気が悪い。
何度かの咳払いを繰り返していると、やがて運転席のドアが開いた。
《やっつけ仕事なピストン運動》は、やや緊張した面持ちで「乗る勇気は?」と尋ねてくる。
『まだ、臨戦態勢には入ってないみたい』とロココがいう。ちょっぴり拍子抜けた。
僕は《やっつけ仕事なピストン運動》と視線を合わせる。黒のパンツスーツに身を包んでいる彼女は、三十代前半のキャリアウーマンみたいに見えた。気が強そうだ。あなたなんか少しも怖くないのよ、というような、可愛らしい虚勢の色を瞳にたたえている。
「それは、君たちの領域で話し合うことについての勇気? それとも、殺し合うことについての?」と僕はわくわくしながら訊いてしまう。
「意外ね。三対一に臆さないの?」
「アマチュアは数に入れない主義なんだ」
『《素人童貞》二人。ちょっぴりやる気になってる』
「……やっぱり、【レスト・イン・ピース】の仕業だったのね」
はて? なんのことだろう?
「……乗りなさい。この際、あなたでもいいわ」
貝原ではなく、という意味なんだろう、やっぱり。
「乗ることに異議はないけど」
僕は道路を隔てたところに建っている【レスト・イン・ピース】を振り返る。貝原は相変わらず窓際の席に座っていた。のんびり何かの雑誌を読んでいるのが見える。
「これはようするに、宣戦布告なのかな? 【レスト・イン・ピース】に対する」
「いけしゃあしゃあと。宣戦布告もなにも、先に手を出してきたのは御社でしょ」
「へぇ」と僕はいう。それは知らなかった。
「興味深いね」
僕は勝手に後部座席のドアをスライドさせた。びっくりして目をぱちくりさせている二人の《素人童貞》――レスラーみたいな体格で猿みたいな顔をしていた――に愛想を振りまき、「乗るよ」といって左足を入れる。
「あなた! 勝手に動かないでよ!」
《やっつけ仕事なピストン運動》はステアリングを叩いて僕に講義する。
「あなた、じゃなくて、彼方ね」と僕は自己紹介しておく。
「初めまして。彼方自由太と申します」