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闇にロココがよく似合う  作者: 太郎鉄
踊る踊る踊れ
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この世ならざる痛み

「大敗を喫した奴の未来は二つだけだぜカラ」と貝原はいう。



「すなわち、ルーザードッグオアビースト。畜生か獣だ。お前さんは、果たしてどっちだ?」



 灯台の上から、夜の海を眺めていた。水平線が判別できない。どこまでが海でどこからが空なのか。《闇がそれらを曖昧にしている》。



「俺は、一度、死んだ」と俺はいう。



「奴に殺された。その瞬間、俺はもう、受け入れた。勝てないという現実をな」



「ならおい、負け犬にはグッバイだぜ。いらねぇんだようちには」



 貝原が基本的に失敗を許さない男だということは知っている。



 すなわち、この言葉には、言葉以上の意味がないということだ。



 陽の当たる世界において、上司が部下の失敗を厳しく叱責し、そこから成長を促す、といったような。



 そういう種類のものではなく、単に、容赦のない現実というものを俺に突きつけている。ただそれだけの言葉だった。



「だが、俺は生き延びた。ほとんど、奴の気まぐれのようなもので」



「死んだも同然だぜ。いや《本当に死ぬより惨め》だな」と貝原はさらに俺を断罪する。



 その通りだ。殺されもしない屈辱というものは、堪える。特に、俺のように、殺し合うこと自体を意義として生きる男には。



「スーサイドでもする気か? 波音が聞こえるぜ。お前、いま海にいるだろ」



「あぁ」



「辛気くせぇ。電話越しにスメルバッドが半端じゃねぇな、おい。切るぜマジで」



「切るのは構わないが、別段自殺する気もない」



「あぁ? ならどうするってんだカラ。お前さんともあろう男が俺に泣きをいれるってか? 勘弁してくれよ。わかってると思うが甘えようってんならあまりにでけぇミステイクだぜ。お前の敗北なみのな」



 よく喋る男だ。そのくせ情も慈悲も持ち合わせていない。だからこそ、ビジネスとしての殺人を成功させてきたのだろうが。



「結論からいえば、俺はもう一度、奴と戦うつもりだ。今度は仕事じゃなく私事としてな」



 途端、貝原の息遣いが変わった。唇を釣り上げて笑っている――そんな像が頭をよぎる。



「負け犬のくせにか」



「負け犬にも牙はある」



「フライドチキンすら咬みちぎれねぇなぁ、負け犬の牙じゃ」


「研ぐさ」



 針よりも鋭く、金剛石よりも固く。



 俺は奴を殺さなければならない。そして、誰より《奴に殺された俺自身を殺さなければならない》。九郎もそういっている。



 貝原は夜の海に似た、深く暗い沈黙をしばらく守り、そして唐突にそれを破った。



「いいだろう。ってかいいぜ。ラブだよカラ。やっぱりお前さんは最高だ」



 打って変わって、太陽のように明るい声色だった。



「実際のところ、《聖人丈治》は規格外だったろ。奴に負けて、かつ生きてるんだ。それだけでも大したもんだよお前」



「惨め、とついさっきいったばかりだぞ、あんた」



「そりゃリビングデッドになってりゃな。だがお前は折れなかった。リベンジは今回のテーマだからな。いいんだよ、生きてさえいりゃとりあえず」と貝原はいった。



「それに二件頼んだ仕事のうち半分はきっちりこなした。プラマイゼロだぜ、ただな」



 太陽の声が、どす黒く変色していく。



「次はねぇ。それは理解しとけよ?」



 俺は笑う。笑わざるを得ない。



「多くのやつは、一度しか死ねないんだ。二度も死ねる幸運に、出会える気はしない」



 貝原は豪快に笑った。耳が痛くなる。俺は通話口を遠ざけた。



「なかなかユーモアってやつがわかってきたなぁおい」



 それから、貝原は俺に感想を求めてきた。伝説の殺し屋と、直に拳を交えた感想を。



 正確にいえば、俺は奴と拳を交えるにすら至らず、なすすべもなく、負けた。そこには評価の余地すらない。完全なる敗北だった。



 解せないことは、俺の鳩尾だ。軽い痣にはなっていたが、それは転がった俺に奴が放った蹴りによってつけられたものだ。



 あの蹴り自体は、実のところ大した威力ではなかった。同じ条件で俺が蹴りを放ったとしたら、奴のそれより数段上等なものになる。



 だが、ならば最初にくらったあの痛みはなんだ? 体に痕跡を残さない、あの凄まじい痛みは。



 何をされたのかはまったく判断できないが、とにかく尋常でない痛みだ。九郎もあれで、悲鳴をあげていた。



 九郎――。そうだ、九郎が悲鳴をあげる痛みということは、すなわち内側からの痛み。



 肉体の、いや精神の内側から食い破られるような――。



《この世ならざる痛み》。


「《この世ならざる痛み》、ねぇ。そりゃまた随分と奇をてらった表現だな」



「茶化すな。それ以外に形容の仕方がわからないだけだ」



「まぁいいだろうよ。元々聖人丈治ってのはアンビリーバボな殺し屋なんだ。攻撃方法もまたアンビリーバボでなんの不思議もねえわな、確かに」



 あの痛みが、俺を大地に叩き落とした。



 そうだ。その時に俺は死んだ。翼をもがれた鴉として。



 それが耐え難い。それを赦せない。



 あの痛みを超えなければならない。



「とにかく、それが聖人丈治のチカラってわけだな。よし、カラのネーミングセンスに敬意を表して、奴のチカラを《この世ならざる痛み》と名付けとくか」



「名前なんぞ、どうでもいい。俺はそれに耐える方法を見つけるつもりだ」



「《名付ける》って行為はお前が思うより大切なんだよカラ。どんなに底知れねぇヤバいチカラだってな、《形容》することでウィークポイントが見つかることがあんだ。まぁそりゃいいか。で、あてはあんのか?」



 一つ、あった。だが、それを貝原に説明すれば、話はややこしくなる。



「なくもない、が、とりあえず端折る。まだ推測でしかないんでな」



 ふうむ、と貝原は一呼吸置いて、何かを考えているようだった。もちろん、奴が何を考えているかなどわからない。



 生暖かく、強い風が吹いた。九郎が鳴く。嵐の前兆を本能が感じとっているようだ。海岸に打ち寄せる波が、先ほどより強くなってきていた。



「まぁいいだろう。《聖人丈治殺害案件》の担当者は引き続きカラにしておくぜ。ただもう細かい指定はなしだ。期間は本日より一週間。どんな手を使ってもオールオーケイだ。奴の首を持ってこい。こっちからも奴の所在がわかったら逐一連絡入れてやるから。あぁ、日報はじめ書類全般の提出は特別に省いてやる。【レスト・イン・ピース】への出勤もなしで結構だ。だがいつもいう通り、仕事と私事はわけろよ? 《お前的に殺した》ってのはダメだぜ? 息の根をとめるんだ。わかったな?」



「やるさ。あんたは俺のやる気を引き出すことに関して、天才だ」



「俺は大概の分野でジーニアスだよ、カラ」



 それも認めてる。口に出してはやらないが。


「時々、あんたの掌の上で踊らされているような気分になる」と代わりに俺はいった。



「先人はしばしば、人生ってやつをダンスに例えてきたもんだぜ。特に物語を綴っていた先人はな」と貝原が予想の斜め上に話を持っていった。



「俺も【アクタリ】の芥川も、物語を好んでる。やつはハードボイルドなストーリー、俺は恋愛、純愛ストーリーをよ」



「意外だな。どちらかといえばあべこべのイメージだが」



「そうかね。まぁ実際その二つってのは極めて似た側面を持ってるんだ。お前、それが何だか解るか?」



「リアリティがない、ことか」



「身も蓋もねぇな。少なくとも俺にとっちゃリアリティなんざどうだっていいんだ、面白けりゃな。答えはイージーだ。《人がよく死ぬ》んだよ」



 何か啓示めいたことを俺に伝えようとしているらしいが、あいにく俺はそういったものに疎い。黙りこけて、貝原の言葉を聞き続けるしかない。



「嫉妬、病気、事故、陰謀、裏切り、エトセトラ。形は違えどそういうもんが登場人物を殺そうとあらゆるところから襲ってきやがる。時として周到に張られた伏線の隙間から、時として本筋と何も関係ねぇ理不尽な死角からな」



 なるほど、確かにそれは人生に似ていなくもない。



「これは俺の個人的な意見だがな、登場人物たちはそれを避けようとするだろ? 時として華麗に、時として無様にタップを踏むわけだ。そうやってなんとかかんとか物語を推し進める。そういう有り様がまるで踊りなんだよ。ダンスそのものなんだ。滑稽さと美しさを含めてな」



「もし、俺の人生が物語で、かつその中で俺が踊っているんだとしたら、それは随分と出来の悪いドラマで、質の悪いダンスだな」



「だが《踊ってるうちは死なねえさ》」



 なんとなくだが、貝原は暗に、俺を挑発しているような気がしてきた。



 俺の描く物語を解き明かしてみろ――それが出来りゃ生かしといてやる。それまではせいぜい、掌で踊り続けやがれ。



「それを書いてるのがあんただったとしたら」と俺はいった。



「信用は出来んな」



「わかってるじゃねぇか」と、今日一番愉快そうに貝原はいった。


「では、お前の精進を祈ってるぜ。勝利のキーはいつだってフレンドシップとエフォートだ。忘れんなよ」



 この男、やはり全てを理解しているのではないかと思う。貝原の出した単語はさり気ないが、やけに的を射ていた。



「あんた、本当は全てを知ってるんじゃないか? それこそ《聖人丈治》の弱点でさえ」



「バカいうな。知ってたら俺がとっくに殺してるって話だよ。それにな」



 雷が鳴った。



「もし知っていたとして、俺がお前の物語の作者なら、教えねーに決まってるだろ」



「だとすれば、余計に意味がわからんがな、あんたが何をしたいのか」



「考えるな。考えたってその先に大したアンサーはでやしねぇ。一個だけアドバイスはくれてやるよ」



「なんだ」



「《ミニスカートはもう少し上手く捌け。それじゃ丸見えなんだよ》」



 通話が切れた。



 雨が降り出してきた。緩やかに、しかし次第に激しく。



 貝原は気がついている。俺のあてが自由太だということを。そもそも不自然だ。【アクタリ】の女――蓬田の話をきく限り、自由太が蓬田をさらったという話は芥川に届いているはず。ならばすでに芥川から貝原への抗議が何らかの形で入っているはずだろう。



 こういう危急に、いつもなら貝原は俺を使うはずだ。自由太を捜せ――と。だが奴はそれをしなかった。



 きな臭い。実のところ自由太と蓬田を泳がせたのは貝原の動向を探るという目的の為でもあった。



 俺もハナから、奴の話した【アクタリ】との確執全てを信じているわけじゃない。奴は何かを隠している。《隠していること自体はこちらにわかるように》。


 全てが貝原の描いた絵図だったとしたら。そして、俺達全てがその絵図の上で踊る役者だったとしたら――。



 貝原、お前は一体、何を企んでいる?



 雷鳴は激しさを増していく。九郎はそれを喜ぶように、俺に飛翔を促している。そして稲光が空を走るたびに、甲高い鳴き声をあげた。



 踊れ、踊れ――。



 九郎の鳴き声が、そう聴こえてならない。



 いいだろう――。



 胸を軽く叩き、荒れ狂う稲妻を目指して飛び上がった。



 この世界が貝原の描く物語であるのなら、俺は飛び続けよう。貝原の掌より、高いところへ。



 聖人丈治。お前は俺の気流だ。お前を殺すことで、俺は一番高いところへ行ける。すなわち、《語り手の介入する余地のない領域》へ。



 そこに恐らく、俺が求めていたものが――否、俺と九郎が求めていたものがあるはずだ。



 真なる飛翔。真なる大空。



 そして真なる自由が。



 俺は苦笑する。彼方自由太。奴の名前もまた、物語じみているが、今の状況にこれほど相応しいものもあるまい。



 俺の《自由》ははるか《彼方》に在る。



 自由太。それをお前が握っている。お前がこの物語の中心だ。《この世ならざる痛み》を食ってなお、立ち上がり、聖人丈治に向かっていった、あのチカラ。



 それが、現状、聖人丈治を殺し得る唯一の可能性。



 自由太が俺に手を貸すかどうかはわからない。仇をやすやすと他に譲るような男ではないことは知っている。だが、俺はいまや、自由太に賭けるしかないのだ。



 土産を用意してやる必要があった。



《パートナーを消すチカラ》。自由太も蓬田も、それを恐れている。



 貝原はそのチカラについて、《俺には通用しない》と断言していた。それが真実かどうかは微妙な線だが。



 探ってやろう。対価としては、それが最良になるはずだ。



 厳しい雷雨に打たれながら、俺は闇夜を、はるか遠くに見える光に向かって飛び続けた。

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