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闇にロココがよく似合う  作者: 太郎鉄
あたしだけを見て
41/42

聴いて傷つき、慰め合うココロたちはいた

 あ、あいう、え、お。



 うん、オッケイ。《自由太》のバカは意識を完全にブラックアウトさせて――つまりは夢を見る余地もない深い領域で眠って――いる。



 そんなとき、《あたし》はほんの少しだけ、自由太の体を動かせる。大抵は面倒だから一緒に寝ちゃうけど、今日はそういうわけにはいかない。



「起きなさいよ、コラ、びっち」



 蓬田・ビッチ卵は布団を被って眠ってる。この馬鹿女、絶対自由太に気があるもん。マジ許せない。てか自由太も軽薄だよ。ラブホテルにいるのは状況が状況だから大目にみるけど、あんなにあたしを傷つけたのに、全然ケアがないんだもん。



 むかつく。悲しい! むかつく……。



 あたしはせっかくだからビッチ卵をぶったたいて起こしてやろうと、ビッチ卵に馬乗りになった。



「姉さんは寝てるよ。そっとしといてくれないかな」



 布団越しにビッチ卵が喋ってちょっと驚く。でも、あたしの《超・思春期》はこれがビッチ卵の声じゃないことを一発で悟れる。



「へぇ、あんたもできるんだ」



「君みたいに体全体を動かしたりは無理だけどね。喋るくらいなら、まぁなんとか」



 宿主――あたしにとっては自由太、こいつにとってはビッチ卵――の体を内側から操るのは、実際けっこう難しい。感覚としては《凸凹の坂道を一輪車で倒れずに全力疾走で下る》、が一番近いかな。あたしもコツを掴むのに長い時間を要した。



「じゃあ起こしなさいよ。あんたに用はないもん」



「初対面なのに、随分失礼な子だね、君」



 なに、こいつ。苛々に拍車がかかっちゃいましたけど。



「僕の方は君に用があったんだ。だから、できればちょっと話させてほしいんだけどな」



「はぁ? あたしに何の用だっての? あたしはあんたみたいなガキに興味ないんだから」


「ガキだって、わかるの?」



「そういうチカラなの! あんたの波長、凄く幼いもん」



 乳臭いチェリー臭がプンプンするんだから。



「そっか。でもさ、君だってそんなに歳、変わらないでしょ」



 ム。痛いところをつくじゃない。



「あんた、いくつよ」



「死んだ時は十九だった」



「マジ? あたしより全然上じゃん。そうは見えなかったけど」



「ちょっと複雑な環境だったから」



「あ、そ。何にせよ、あたしは自由太にしか興味ないんです」



「僕も、姉さんにしか興味ない」



 なにシスコン宣言してんのよこいつ。キモイ。



「あーもう、なに? 調子狂うんだけど」



「話聞いてくれる?」



 全然聞きたくないんだけど埒があかなそうだったから、あたしはしぶしぶ首を縦に振った。



「迅速に、簡潔に、話しなさいよ」



「うん。それじゃ悪いけどソファーに行ってくれる? ちょっとこの体勢、よくないよ」



 こんのクソガキいけしゃあしゃあと。悪気がないのが余計にむかつく。ひっぱたきたい衝動をこらえてあたしは(年下だけど)大人の余裕で従ってやった。



「で、話ってなに」



「姉さん、君のパートナーに気があるみたいなんだ」



「んなの気付いてるわよバカ!」



 怒鳴った。迅速で簡潔すぎるって! あたしが促したんだけど。



「やっぱりか。そういうの女の子の方が敏感だもんね」



「あのねぇ……」



 なに、こいつ天然?



「だからストップかけるためにあんたの姉貴に用があんのよ! あんただって嫌でしょ!? さっさと起こしなよ。あたしがケリつけてあげるから」



「でも、僕がそれを聞いた時、姉さんは否定してた」



 あ~~~。馬鹿な子なの、この子? あたしはソファーに寝そべった。



「そんな直球で訊いてイエスって答える女は地球上にいません」



「そうだよね。実際姉さん、否定したんだけど、否定しただけだったんだ」



「はぁ?」



「《前なら》姉さんは否定したあと、こういってくれたんだ。《あたしが愛してるのはハネだけよ》って」



 ……なるほどね。こいつも、結構、傷ついてるってことか。あたしはちょっとだけ。針の穴よりちょっとだけ広いくらいだけど。


 こいつに優しくしてやろうかな、なんて思ってしまった。

 好き、とか、愛してるって言葉。《あたしたち心の闇》には凄く大事だから。パートナーのその気持ちがあたしたちの存在理由で、その気持ちの中でのみしかあたしたちは《生きられない》。



 それは幸せなことでもあると思う。愛が命に直結してるんだもん。



 でも、だからこそ誰より。



 あたしたちは愛に飢える。パートナーの愛に。無償の愛に。



 それがどんな形であったって構わない。それがどんな色でも厭わない。不確かで曖昧なあたしたちの存在を彩ってくれるんであれば。



《元々あった幸せな世界の否定》から生まれたあたしたち。だからこそ、《元々あった世界で生きてる人々を否定》し続けなければならないあたしたちを。



 ひたむきに肯定し続けてくれるパートナーの無償の愛が、あたしたちには必要なんだ。



「あんたはどうしたいの」



「僕がまだこうして《生きてる》ってことは、姉さんの気持ちが消えた訳じゃないことの証左になるとは思う」



 それはそうだ。でも待って?



 あたしも考えたことなかったけど。



 あたしたち、《もし宿主であるパートナーが別の誰かを好きになったら》どうなっちゃうんだろう?



 あたしたちが消えるっていう状況は今朝、自由太が《クレオパトラ級》って名付けたビッチが現れるまで前例がなかった。



 定期的に人を殺さないと狂ってしまうあたしたちだけど、それでも《消えるわけじゃない》。



 自由太の愛を頑なに信じ、求め続けるあまり、あたしは。



 自由太が《他の誰か》を愛するという可能性をまるで考えたことがなかった。



 もちろん《他の誰か》というのに《ココロ》は入っていない。《ココロ》はあたしの本当の名前だ。自由太がそれを認めてくれないだけ――だよね? いつか、認めてくれるよね?



 泣きそうになるあたしは、マイナス思考でさらに嫌なことを思いついてしまう。



 自由太がもし《あたし》が《ココロ》だってことをずっと認めてくれなくて。



 そしてその内、その《ココロ》のことさえ忘れちゃったら?



 嫌だ。そんなの。嫌だよ、絶対嫌!



 もしそうなったら。あたしの居場所なんてない。



 ただの《心の闇》として、新しい光に消されちゃう。


 ううん。消えちゃってもいい。でも自由太があたしを忘れちゃうのは嫌だ。無理。



「ねぇ、聞いてる?」



「ちょっと……待って」



「泣いてる、の?」



 泣いてない! ……嘘。泣いてる。



 落ち着かなきゃ。悪い方悪い方に考えすぎてる。



 ……そうだ。そうだよ、いまだって自由太は《あたしが消えちゃうかもしれない可能性》を排除するためにこのビッチ卵と行動してるじゃない。そして《ココロ》を愛しているからこそ、《ジョージ》を憎み続けてる。



 うん、大丈夫。あたしが最優先にすることは、自由太にあたしが《ココロ》だってことを認めてもらうこと。認めてもらえたら、きっと自由太はあたしをもっと完璧に好きになってくれる。



「ごめん、もう大丈夫」



「あ、うん。平気? なんかさっきより声、優しくなったけど」



「う、うるさい! さっさと話続けなよ」



「僕と姉さんは、当たり前だけど、姉弟だ。血の繋がった、実の。でも、僕たちは愛し合ってた。男女として」



「シスコンブラコン、じゃないってこと? その、つまり、エッチとかも?」



 ちょっとコメントしづらい。愛情に正しい形も間違ってる形も、あたしはないと思ってる、けど。

 こいつとビッチ卵のそれは、多分、一番《難しい》タイプのやつだ。



「近いところまでは。僕は幼い頃から病気で、ほとんどの時間を家で過ごさなければならなかった。だから友達もいなかったし、女の子に恋をすることもなかった。両親は僕が十五の時に交通事故で亡くなって、それから僕には姉さんしかいなかった」



 こいつはそこで、一度言葉を区切った。



「そんな僕を不憫に思った姉さんは、僕の失った全てで在ろうとしてくれた」



「つまり、友達だったり恋人だったり?」



「そう。時として母だったり父だったりね」



「でも、それは凄い、難しいことじゃない?」



「そうだね。実際、姉さんは途方もない苦労をした。それについては省くけど、だけどその苦労のおかげで、僕は病気の治療に励むことができて、かつ擬似的であったにせよ青春ってものを経験できたと思ってる」



 つまりあんたは。



「幸せだった。とてもね。でも、思うんだよ」



「姉さんは、幸せだったのか? でしょどうせ」



 返事はこなかった。あたしは特に促さずに、目を閉じて待った。



「……うん。そう思ってる。《少なくとも僕より》姉さんは幸せじゃなかったんじゃないかって」



 当たり前だよ、そんなの。だって、ビッチ卵はあんたと違って《普通に友達も恋人もつくることができた》。それを全部捨ててあんたに尽くしたんだもん。あんたの人生のプラスはビッチ卵のマイナスで補われたものなんだから。



 うーん。癪だけど。ちょっとだけ同情しちゃったな、こいつにもビッチ卵にも。とりあえず今日のところは、《ビッチ》ってのは外してあげよ。



「僕なんかいない方が良かった。姉さんに何度もいったけど姉さんはそれを否定してくれてた。けど、それでも僕は」



「僕がいなくなることで姉さんが幸せになるならそっちの方がいい、ってカンジ?」



「あ、うん。凄いね、先読みの力」



「感心してないで話す。なんかどんどん脱線してるよ?」



「……ごめん。そうなんだ。確かにそう思ってた、はずなんだけどさ。今日、彼方さん――君のパートナーに会ってから、姉さんは明らかに惹かれていってる。すごく急速に。たださっきもいったけど、僕が《生きてる》ってことはつまり、僕に対する気持ちがなくなったってわけでもない」



 要するにこういうことでしょ?



「自由太に会ってから、あんたの姉貴のあんたへの愛情は、男女間のものから姉弟間のものにシフトチェンジされてきた」



 もちろん、そのシフトチェンジは格下げって意味じゃない。愛情の種類に上も下もないからね。あんたたちの間柄にふさわしい形に変化しようとしてるってだけ。



 こいつはあたしの言葉を肯定すると、少し口調を荒くしながら続けた。



「それに気付いて、人生で初めて感じたんだよ。嫉妬ってやつを。姉さんを取られたくない。姉さんは僕だけのものなんだってさ。……そして、そんなことを考えた自分に嫌気がさしたんだ」



「なんでよ、真っ当な気持ちじゃん」



「だって僕がいる限り、姉さんは人を殺しながら生き続けなきゃならないんだ。僕は、僕のために手を汚す姉さんを見たくない。見たくなかった。だから、消え その後は涙声だった。普段のあたしなら、いい年して男が泣いてんじゃないよキモっ! てバカにしちゃうとこだけど。いまはそれをしないことにする。そんな配慮があたしにもまだできるんだって、なんだか複雑な気持ちになる。



「姉さんが他の誰かにとられるくらいなら、僕がその《誰か》を殺してしまいたいと思った。《姉さんの手を僕が使って》。なんて嫌なやつなんだ。姉さんに人殺しをさせるのをあれだけ拒んでいたくせに。いざ姉さんが誰かに取られそうになれば、そんな道徳観念はいとも簡単に吹き飛んでしまった。結局、僕はっ! 《僕の幸せのために、姉さんが犠牲となることを厭わないタイプの人間》なんだ! やっぱり僕は《心の闇》そのものなんだ。《心の闇》は消えて然るべき存在なんだ! でも、やっぱり嫌なんだ。姉さんに僕だけのものでいて欲しいんだ。……ちくしょう。生きてる時の僕は、こんなこと考えなかったはずなのに。……時々思うよ。《所詮僕たちは幻で、生きてた時とは別人》なんじゃないかって」



 ひとしきり喋り終わったこいつは三回ほどむせた。宿主を操ることに慣れてないのに、息継ぎもせず喋り続けたせいだ。消耗が激しいのは当然。ほんと、バカみたい。



――だけど。



 あたしも、こいつが、いえ、恐らく全ての《心の闇(あたしはこの呼称にいつも中指をつきたててる)》が本質的に抱える悩み事――自分の存在の曖昧さを、ついさっき他ならぬ自由太に突きつけられたばかりだから、気持ちは結構よくわかっちゃう。



「あんた、名前なんだっけ?」とあたしはいった。



「蓬田、羽根……だけど」



「ハネって呼ぶわ。異論ないよね?」



「ない、けど」



「じゃああんたはハネよ。とりあえずあたしがそれを保証する」



 あたしたちは幻なんかじゃない。



「それからあんたが心配しなくても、あたしが自由太を渡さない。だから、二度と殺そうなんて思わないこと。っていうか思ったところで、昨日やりあったからわかると思うけど、あんたたちじゃうちらには勝てない。わかった?」



 あたしたちはこんなにも愛する人のために悩み。



「あと、これはサービスでいったげる。別にあんたは少しも嫌なやつじゃない。ただ年のわりにガキなだけ」



 だからこそ、愛する人を、時として傷つけ。



「幸せの定義なんて人それぞれだし、お互いの見地からイーブンになんてならないもん」



 時として、愛する人に傷つけられる。



「ハネの姉貴が幸せだったか、幸せだったとして、いま現在もそうなのかなんてあたしにはどうでもいいから好き勝手にいうけどさ、少なくとも《ハネと姉貴は愛しあってた》んでしょ? てか種類は変わっても《愛しあってる》んでしょ? だったら多少辛くたって幸せでしょーが。《幸せじゃなかったら嫉妬心なんて出てこない》もん」



 それでも続く。あたしたちの愛情は永遠に続いていく。



「そういうの含めて、楽しめばいいじゃん。恋愛なんてそんなもんだよ、きっと」



 あたしがいま一番誰かにいわれたいこと、そのままハネにぶつけた。



《本当はそうじゃない》ってわかってるけど。



《そうであって欲しい》って、切実に願ってることを。



 ハネはしばらく答えなかった。しびれをきらしたあたしは、もう一度何か、ポジティブなことでもいってやろうかと、そう考えていて、でもその矢先。



「……ありがとう」って。落とし物を拾われたみたいに、ささやかなお礼が返ってきた。



「やっぱり、《君たち》不思議だよ」とハネは続ける。



「殺し屋なのに、妙に優しい」



 優しくなんか、ない。あたしは、あたしが安心したいからいっただけだし。結果的にあんたがそれで安心しただけだもん。



「いくらか、気持ち、楽になった」



「あっそ。でもきちんと姉貴を捕まえときなさいよ。あたしだってあんたの姉貴は気にくわないんだから」



「うん。善処する」



「……ちょっとだけなら、祈ってあげるから」



「何を?」



「あんたたちがうまくいくようにって」



 するとハネは、クスリと笑った。



「何よ!?」



「君、姉さんに似てる」



「はぁ!? どこがよ、あたしの方が美人だし!」



 スタイルは負けてるかも――ってハネには見えないし!



「優しいけど、素直じゃないとこ。ちょっと、かわいい」



 なによ、優しくしてあげたらつけあがるタイプ!? とかいいつつあたしも照れてるんじゃない!



 いや、照れてないし! あ~、もう支離滅裂!


「急にキャラ変えんな! 対処しづらいのよ!」



 半ばヤケクソ気味に声を荒げちゃったあたしは完璧に動転してる。むかつく! これじゃあたしもガキみたいじゃん!



「ほら、そうやって照れるとことか」



「照れてないっ! バカにすんなっ!」



「ごめんごめん。でもさ、本当に」



「……何よ」



「ありがとう。君と話せてよかった」



 ……思ってないからね。ハネのことをちょっとでも、いいやつかも、とか、かわいらしいじゃん、とか思ってないから! 誤解しちゃやだよ自由太。



 でも、自由太だって、いつもこんな風にあたしを不安にさせてるんだからね? ちょっとは自由太にも、嫉妬とか、して欲しいんだよ?



《ココロ》にしてたみたいに。



 あたしだけを見て欲しいんだよ?



「あ、そういえば」とハネが唐突に話題を変えた。



「もう一つ訊きたいことがあったんだけど……」



「もうなんにも答えてやらない」



 ハネは困ったように笑ったけど、それが大人の余裕っぽい笑い方でますますあたしの頬は膨らむ。



「うん。訊かなくていいや。なんとなくわかったから」



「なんもわかってないし!」と毒つくあたしは。ハネの次の一言で。



「いや、わかったんだ。……君は《心の闇》なんかじゃない」



 泣いてしまう。



 どういうわけかしらないけど。



 あたしがいま、一番欲しかった言葉。



 なんで、あんたがくれちゃうの。



 自由太じゃなく、あんたが。



 哀しい。でも嬉しい。



 相反する感情の波が渦巻きになってあたしの自制心を吸い込んでいく。



 唇を噛みながら、必死にこらえようと。



 でも無駄。



 泣く。声をあげて。



 ハネは戸惑ったように、ごめん、ごめん、といってくる。



 謝るな、あんたは謝るようなことをいってない。あたしはそんなようなニュアンスの言葉を、紡いだつもりだったけど。



 案の定、何も伝わらない。



 だから諦めて、枯れるまで、身を任せる。




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