目覚めてみると
激しい雨の音が聞こえて、僕の意識は覚醒する。
「う」
頭痛が、する。二日酔いに似た痛みだけど、酒を呑んだ覚えはない。
目を開けるのが、しんどい。瞼は鉛みたいな重さで、目覚めを駄々っ子よろしく拒んでいた。倦怠感のオンパレード。吐き気も、少しある。
ややあって、喉が砂漠状態であることに気付いた。渇ききっている。水がのみたい。その渇望は一秒ごとに増していき、十秒後には耐え難くなる。
それが、起爆剤となって、僕の瞼を持ち上げた。
薄暗い。照明はブラックライト。濃紺のブルーが、淡い光で部屋を照らしていた。
部屋? 雨音は?
僕は上体を起こして部屋を見回した。
僕が寝ていたのはダブルベッドだ。部屋の間取りは1K。面積の半分をこのベッドが占めている。目の前に見えるのは小さな冷蔵庫と黒いソファー。それからハートの形をしたガラステーブル。上にナイフが置かれている――あれ、蓬田のナイフだ。
蓬田?
雨音のする方に首を動かすと、そこはバスルームのようでプラスチックガラスで仕切らていた。曇っていて、鮮明さを欠いているが、女性のヌードのシルエットがシャワーを浴びてるのが明白にわかる。
僕は慌てて目を逸らした。
なんだ、これ?
冷静に状況を確認しよう。
雨音だと思ったのはシャワー音だ。今、蓬田が浴びているらしい。
ここは、どうやらラブホテルみたいだ。僕が拠点として利用しようと、昼間、蓬田にいったのを覚えているが――昼間?
いま、何時だ?
ベッドに備えつけてある有線の器具の一画、デジタルの時計表示が23:42を示していた。
夜中? 僕は一体、何時間寝てたんだ。いや、そもそも――。
僕は、なんで眠ってた?
頭痛が激しく――それに伴って、じわじわと怒りがこみ上げてくる。
聖人丈治だ。奴を殺そうとして、返り討ちにあった。そこからの、記憶はない。
くそ、くそ、くそ。
「くそっ!」
拳をベッドに叩きつける。何度か繰り返して、手応えのないそれに苛つき、今度は頭を叩きつけた。
文字通り、手も足も出なかった。というか、《何をされたのかすら》わからない。なんだよ、あれは。
初弾――奴に向かって、がむしゃらに殴りかかった。僕の拳が奴の顔面を捉えた――はず、だったのに。気がついたら、転がっていた。その時にも、激しい頭痛があった。
二撃目――落ちていた匕首を拾って、なんとか立ち上がり、再び、奴の元へ走る。刺し殺してやる――『やめて』という声。これは、ロココのもの? それとも……。
いずれにせよ、やめない。殺してやると、強く願い、それだけの為にその瞬間を生きる僕の、前に。
女が、知らない女が立ちふさがる。あ、と思う。《刺してしまう》。《例外》が増えてしまうと思う。
だが、それがどうした?
と、多分、僕は、そう考えたはずだ。
《あの野郎を庇うような女》は。《例外なく》糞売女に決まっていると、知っていたから。
いや、それどころか。
あの女も、僕が殺すべき最優先事項に匹敵する、とさえ。
すなわち、僕はまずあの《謎の女から殺してしまおう》と、意識を刹那にシフトチェンジしていた。そして――ブラックアウト。今に至る。
どうなった? 僕は、あの女を殺したのか? そして、聖人丈治は?
「ロココ? 聞こえるかい」
ロココからの返事はない。眠ってるみたいだ。ふて寝かもしれない。《さっき》ずいぶん、《酷いこと》をいった気がする。
夢の中でのパートナーとの邂逅は難しい。そこでの出来事の記憶をうまく現実に持ち帰れることもあれば、ほとんど曖昧に目覚めることもある。貝原曰わく、精神状態がキーらしい。残念ながら、今回は後者だ。
両手に意識を集中してみる。僕自身に記憶がなくとも。体が覚えておけることがある。誰かを殺すということは、そういうことなんだ。
僕の手は、今日においては――血塗られていない。すなわち、誰も殺していない。《例外》は増えてない。
僕は舌打ちして、寝そべった。まだまだ無理だ。僕はあいつに、遠く及ばないらしい。
それにしても、あの女、一体誰なんだろう?
そんなことを考えていると、シャワー音が、止まった。




